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2002年7月

7月31日(水)

192日間に及ぶ、第154回通常国会が今日で終わる。  本当に長い長い国会でした。  お疲れ様。  毎週毎週行ったり来たり、本当に元気だな、と思う。  何でも体力が一番と言うが、政治家はまさしく 体力が無いと続かない。  昔若かったころ、大蔵省の主計局にいて、8月から12月まで休み無く働いていた時、大蔵省は頭脳より体力で採用したのかと思ったけど、増原の元気さは本物。  「奥さん、増原さんの健康管理、しっかりしてくださいよ。」とたびたび言われるが、一緒に居ないのだから、健康管理のしようがない。  この暑さで今は、自分自身の健康管理で手一杯といった感じ。  ともかく、今日帰ってきたら、ご苦労様とねぎらってあげよう。  8月は地元回りと、お祭り、盆踊りめぐりでまたまた大変なのだから。  政治家っていつ休むの?         

7月30日(火)

今日もお祭り。 旧佐東町のお祭りで、太田川河川敷では花火大会まである。  鯉の稚魚の放流や子供会のとうろう流しもあって、子供たちが川に膝まで浸かってはしゃいでる。  中学生は友達同士で夜遅くまで遊べるので興奮気味。  趣向もいろいろで、歌の早当てクイズが盛り上がった。  この地区は再開発が進み、大型店が沢山出店しマンションも多く建ち、人口が増加中だ。  活気がある場所のお祭りは、自然人も集まり、楽しい。  地域の特性がお祭りにも反映される。  これだけ各地のお祭りに行っているのだから、私、お祭り評論家になれるかも。

7月29日(日)

暑さの中、増原は精力的にお祭りを回っている。  昨日は夕方から3個所行って、最後に国政報告会、その後支援者のお宅で、慰労会。  帰ってきたのは12時すぎ。  とにかく寝ることが一番なので、極力寝かせておいてあげたいが、そうも行かない。  今日は芸北町の町長選。  開票時間に合わせて、芸北に向かって、新町長さん、元町長さんの家を訪ね、挨拶して、帰ってきたのは午前2時。  芸北は遠く、広いのです。  明日は9時45分の飛行機で上京。 午後から本会議。  スケジュールを見ているだけでも疲れてしまう。  

7月27日(土)

とにかく暑い。  もうぐったり。  我家は西日がもろにあたって、夕方になると暑さがすざまじい。  クーラーも効かない感じだ。  植木を並べ換えたり、水をまいたり、よそへ避難したり、このところの暑さには参っている。  夜は町内の星空祭り。  今年はお手伝いに事務所の秘書が参加している。  それだけ増原が地元に定着したということで、喜んで参加させてもらった。  毎年同じパターンだが、老若男女が参加するようになっているので、見に来る人が多い。  特にマンションが多く建ったせいか小さな子供が多く、活気がある。  一瞬、遥香と一緒に金魚すくいやヨーヨーすくいができたらな、と思った。

7月26日(金)

事務所の忙しさは催しものを企画すると、その準備でピークになる。 今、9月にするパーティーのお知らせを後援会の皆様に送るために、印刷物がどさっと来ている。  そんな時の助っ人が沢山いて、毎日5,6人の方が 宛名貼りや封筒入れの為に来てくださる。  ありがたいこと。  他の事務所なら請負会社にしてもらうことでも、うちでは節約のため、皆様の善意で手伝って頂いている。  年に何回かあることで、もうすっかり慣れていらして机の上に有る封筒の山がみるみるうちに無くなって行く。  その時のおしゃべりは重要な情報交換で、勉強になることが多い。

7月25日(木)

このところ、小ぶくろ作り教室が好評で、よくお声がかかる。  各地の女性会やお茶のみ友達の集まりなど、口を動かしている間に小さなふくろが出来上がって楽しい、と言って下さる。  久しく針仕事をしないので、裁縫箱の針がサビていたり、ボタンつけしかしないので、木綿糸の太いのしかないとか、わいわいがやがや楽しそう。  孫や、増原や、政治や、地域や料理の話。  果てはどうして増原と結婚したのかとか、話の話題は尽きない。 夜は必死に材料を作る。  キモノをほどいて、洗って、アイロンを掛け、切って、材料を揃え一組にするのに時間がかかるが、 いろいろな方たちと出会え、親しくなれるので、私も楽しみにしている。

7月21日(日)

久し振りのお天気。  大洗濯をする。  そういえば、どういう訳かうちのベランダの植木にヒヨドリが一ヶ月ぐらい前に巣を作った。  枝が三つ又に分かれた所に最初ビニールの紐を巻きつけて、それを土台に直径15センチくらいの巣を作った。  しばらく1羽のヒヨドリが卵を温めていたが、2週間ほど前にピヨピヨと泣き声がして、朝夕頻繁に親鳥が餌を運んで来だした。  最後の方は大きな虫やヤモリまでくわえてやってくるようになった。  ヒナは巣からはみでるようにわれ先に、くちばしを出して餌をもらう。  ヒナは3羽。  最初はツルツルだったのに、1週間ほどすると毛が生え、今日はもうすずめほどの大きさになっている。  しばらく見ていると、巣から一羽ずつ出てベランダのあちこちにぶつかりながら飛ぶ練習をしている。  親鳥もキイキイ鳴いて、何かを教えているようだ。  1時間ぐらいして風がさあーっとふいたその瞬間、一羽がベランダの外に飛んで行った。  その後風がふくたびに一羽ずつ飛んで行ってしまった。  残ったカラッポの巣はそのままにしておこう。

7月20日(土)

遥香は おとといから熱が下がり、昨日病院につれていったら、「やっぱり、はしかでしたね」と先生。 湿疹の跡が茶色く、きたなくなっていたので。  予防注射があり、今ごろはしかに罹る子供が少ないというのに全く幸運(?)な子だ。   すっかりとまで行かないが元気になったので、それに今夜は結婚式に呼ばれているから、と 娘と遥香は お昼の飛行機で横浜に帰って行った。  11日間。  こんなに長く娘と一緒にいたのは何年振りかしら。  以前は母娘、天敵同士ですぐ言い合いをしていたのに、遥香が居たせいか、それともお互い大人になったせいか、無事に過ごせた。  居なくなって寂しさからか、疲れからか、ちょっと虚脱感にみまわれる。  夜は郡部の夏祭りのはしご。  町によって個性的なお祭り。 楽しかったのは、豊平町の「よさ来いおどり」。 老若男女5,60人が練り踊った、パワフルなエネルギーに圧倒される。

7月17日(水)

遥香は結局一週間高熱が続き、今朝やっと平熱に。 この一週間、暑さと遥香の熱で、もうぐったり、疲れました。 でも未だ本調子でないので、もうしばらくここで静養する。 7日間も高熱がでたり、全身に発疹がでて、唇や口の中が赤く、咳が出るなど、はしかや川崎病の疑いがあったが、ビールス性の病気に効く薬はなく、ただ症状を緩和して、時が過ぎ行くのを待つばかり、ということ。 小さいのではらはらしどおしだった。 日曜日は朝からぐったりして、救急病院で小児科の先生がいるところを、電話で調べ、幸い市民病院の当直の先生が小児科だということで、連れて行く。 点滴をしてもらうが、機嫌が悪いことこの上ない。 その夜は横にすると泣くので、みんなでかわりばんこに縦に抱いて過ごす。 それでも何と言ってもママがよく、母親の力は偉大だと思った。 私だって、可哀相で一晩中抱いててあげたかったが、30分もすると腰が痛くなったり、夜中は眠くて眠くてやっぱりよる年波かしら。 意外な発見は 増原が寝かせるのが上手なこと。 自称癒し系の声で、子守唄を歌うとすぐ寝付く。 とにかく子供の病気は恐い。 熱は下がったが、まだいたずらっぽいあのくりっとした目の輝きが無いのが心配。 

7月10日(水)

主人が出張で1週間居ない留守に、娘が孫の遥香を連れて、広島に里帰り。 台風の日、何もこんな日に来なくてもと、思ったが、無事に着いて、笑顔を見せてくれた。 が、夕方、発熱。 お誕生を過ぎてからよく熱を出す。 気候のせいか、のどが弱いのか、といろいろ思う。 早く元気になあれ。 明日は安佐動物園につれていきたいから。

7月9日(火)

みどり会の定例会をする。 植林の反省、秋に予定している増原のパーティーのお願い、夏に出すみどり会ファックス通信の内容などが議題。 植林は下草刈を含めて継続して行こうと決める。 パーティーの準備や受付はもう何度目になるか、皆様ベテランで 「まかして!」 という感じ。 本当に助かります。 通信の中身はもう少し考えて詰めないと、と思う。 受ける側の皆様は楽しみにしてくださっている方が多いので。 早々に話し合いを切り上げて、今流行のビーズの指輪の講習に移る。 わいわいがやがや、講師の先生は大変だったと思うが、素晴らしくゴージャスな指輪が出来ました。

7月7日(土)

広島と東京の2つの家を行ったり来たりしているとストレスが溜まる。 ストレスその1: ガス台のスイッチが違う。 おなべをガス台に置いて、スイッチをひねると、違う所に火がつき、やり直し。 何回もひねることになる。 ストレスその2: 水道の蛇口から水を止めるのが逆さま。 レバーを下げて止めるのが東京で、上げて止めるのが広島。 止めようとすると、水がジャーっと出る。 ストレスその3: テレビのチャンネルが違う。 お陰でリモコンを何度も押すようになる。ストレスその4: どっちの家で何が足りないか分からなくなる。 洗剤や歯磨きを買わなくちゃいけないのは、、、東京?広島? お陰でいろいろ余分な物を買うことになる。

7月3日(水)

午前中は退院手続きをして、父を家に連れて帰った。 経過は良好で、メガネを掛けて1・2まで見えるようになったと喜んでいる。 午後は東京の友人たちと久し振りに会う。 「最近どうしているの?」 とおしゃべりしているうちに、アッと言う間に時間が過ぎていく。 遠くに住んで忙しくしていると、自分から積極的に機会を作っていかないと、会う機会がなくなって、どんどん友達と疎遠になっていく。 せっかく東京に行っても、両親や娘や孫のことに追われたり、あれこれするべきことで時間がなくなるのが残念。 皆、失意の時も励ましてくれたやさしい人たちで、私にとってはかけがえのない友人です。

7月1日(月)

父が白内障の手術を受けるので、東大病院に連れて行った。  3年前の心臓のindex.htm へのリンクバイパス手術を受けた時と違い、気が楽だ。 東大病院も新棟が出来、新しく、気持がいい。 古い病棟で、ボンボンベッドで寝て、付き添った、あの時を思い出す。 医学の進歩もものすごい。 白内障の手術も簡単になったそうだ。 あさってには退院の予定。  母も気が少し楽なのか、前回のように、一人でいるのを嫌がらなかったので、助かった。


 

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