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2002年8月

8月1日(日)

今日は父の79回目の誕生日。  電話をすると元気な声が返ってきた。 東京も暑いけど、うなぎが食べたくて、渋谷まで食べに行ったとか。  暑い中、出かける元気があって良かった。  ありがたいこと。  顔を見にいけなくてごめんなさい。  代わりに息子が行ってくれた。 

8月3日(土)

今日は盆踊りが集中してある日。  事務所総出で挨拶に行く。  夜7時から9時の間にどれぐらい回れるかと言うと、5,6ケ所。  皆で手分けして行く。  私は5ケ所。  受付へ行って名刺を出して、「増原の代理で参りました。今日はご盛会おめでとうございます。」 と挨拶する。  すると必ず受付の人はすぐ領収書を手にする。  お祝いを持って来た、と思うらしい。  もう、政治家が寄付を禁止されて久しいと言うのに、これまでの習慣かしら?  私が名刺以外なにも出さないと分かると、怪訝な顔をされる。  私もバツが悪い。  そこをさりげなく通過して、挨拶して回る。  今でこそ、顔見知りが沢山出来て、挨拶しやすいが、今までとてもとても大変だった。 毎年、気が重いことこの上ない。  お陰で心臓が強くなったが。  以前、「お祭りや盆踊りで挨拶してもらうために増原さんに投票したのではない、そういうことをしないでちゃんと政治をして欲しい。」と 言われたことが有る。  一方、「うちの祭りにこんかった!」と 文句を言われたことも度々だ。  毎年この時期になると、複雑な思いになる。  政治家でも一切お祭り、盆踊り、運動会に行かない人もいるらしい。 一体どちらが正論なのだろうか?  

8月6日(火)

今日は広島が一番暑い日。  朝8時で31度。  じっとしていても汗が流れる。  例年どおり私は川内の慰霊祭に、増原は5時起きして、各団体や市が企画している慰霊祭を次々に回る。  川内は広島菜が特産で、広島市の北、太田川沿いにあるが、たまたま、昭和20年の8月6日、県庁の疎開の手伝いとして徴用され200人あまりの方々が原爆で一瞬のうちに亡くなられた。  慰霊碑は平和公園の中の東側にあり、川内の方々が集まり、お坊さんがお経を上げ、独自の慰霊祭を同じ時刻になさっている。  兵隊に行ってしまった、残りの大事な働き手が徴用され、そして亡くなられた。  なんとも痛ましい出来事で心がいつもつぶされるようになる。 原爆にあった方々は 「もう思い出したくない、そっとしておいて欲しい。」と 仰る方が多い。 それぞれの形で、それぞれの心で、この日を過ごされる。  増原も生後2ヶ月、爆心地から2、5キロのところで被爆した。 

8月9日(金)

この秋に、地元のギャラリーで、私のふくろの作品展をする事が決まった。  私の大好きな場所で、飛び上がるほどうれしい。  快く、引き受けてくださったオーナーに感謝。 そのために、この所、バタバタしている。  彼女ともいろいろな話が出来、プロの目からアドヴァイスもしてくれ、この上なく刺激された。  自己満足の趣味の展示会だけで終わってはいけない、そのためにはどうしたら良いのか、手取り足取り、教えてくださった。  そのせいか、夜、頭が冴えて眠れない。  あれこれどうしようかと考え、思いついては夜中に布を切ったりする。  アイデアーが錯綜する。  増原が呆れている。  「好きだねー」「そうよ!」 

8月10日(土)

引き続き、ふくろ。  このところ、時間があると作っている。  どうせ暑いならと、アイロンを掛けるのが好きだ。  布を切って、アイロンでひも状にする。  汗が滴り落ちる。  爽快。  音楽を聴きながらふくろを作っていく。  なにもかも忘れ、没頭するのも爽快。  そうは見えないらしいが、私はとてもせっかち。  こうと思ったらすぐやらないと、気がすまない。  アイデアーがある内に、あれもこれもと、気が急く。  あーあ時間が欲しい。

8月12日(月)

あるところで、障害者の作業所の指導員の方に出会った。  とても明るい、朗らかな女性で、くったくが無いと言ったら失礼だろうか、大変なことをさりげなくこなしてらして、頭が下がる思いがした。  ちょうど障害者の親御さんから、いろいろな将来への悩みを伺ったばかりだったので、実情を教えてもらった。  養護学校は18才まで通えるが、卒業したら養護施設に入るか、自宅から作業所に通うか、を選ぶことになる。  近所の作業所が一杯だと、親御さんたちで、作業所を作らねばならず、それにはいろいろな制約があって、なかなか大変、ということだ。  作業所の運営も、補助金だけではなく、幾つか作業をして1円というような工賃を得たり、簡単な作業で出来る品物を売ったりして、どうにかやって行っているそうだ。  障害者の声は小さく、なかなか行政や国に届かない。  沢山の人が支援して、声を大にして行く事が大事と思う。  このような話を聞くと、いつも何か私たちに出来る事は無いか考えてしまうが、一時的に終わらせないように自戒する。

8月14日(水)

お墓参りに行く。  増原の家のお墓は安芸区の船越にある。  狭い船越峠を通って、岩滝神社の奥の山腹にあり、遠く瀬戸内の海も見渡せ、いい所だ。  昔は 「こんな寂しい所に入るのは嫌だなあ」  と思うぐらい人里離れた寂しい所だったが、今では人家がすぐ傍まで迫って、眼下にマツダの工場やマンションや家がビッシリひしめき合っている。  浄土真宗特有のきらびやかな盆どうろが幾本も立っている様はにぎやかでいいと思うが、慣習が環境問題になっている事を聞いて、時代かな?とも思う。  増原家のお墓は小さくて古く、周りの立派な墓石に比べるとささやかだが、文政12年なんて彫ってあるのを見ると、大事にしようと思う。  雲ひとつ無い太陽ギラギラの日で、またまた焼けてしまった。  夜、久し振りに脳貧血をおこした。  気分が悪くなり、冷や汗が出て、目の前が真っ暗になって、倒れてしまった。  お尻から倒れたので、頭は打たなかったが、お尻が痛く、あざが出来た。  初めて増原の目の前で倒れたのでそうとうびっくりしたらしい。  数分意識が無かったので救急車を呼ぼうと思ったらしく、気が付くと、オタオタしていた。  夏ばてかな?  それにしても痩せていない。

8月17日(土)

国会の本会議場でお隣に座っている同僚議員の会の応援に10人の一年生議員が奥さん連れで熊本県に集まった。  若々しくて、ステキな彼女は九州ブロックの比例で当選していらして、ご主人は水俣市のお隣の町の町長さんだ。  不知火湾に面した、美しい町。  文化的に町おこしをして成功していらっしゃる。  北は北海道から、南は九州まで、それぞれの選挙区事情を抱えた一年生議員は多士済済、個性的。  10人の持ち時間3分のスピーチは素晴らしく、とても盛り上がった。  こんな演説会を各地でしたら、政治が一層身近になることうけあい。  増原のは例によって正論かつ辛口で、高速道路も新幹線も工事が目の前で止まっているこの町の人々にはどう感じられたかハラハラした。  よその選挙区の議員夫人たちとの話も刺激的で、とても勉強になった。  何よりも、皆さん人柄の素晴らしい方たちばかりで、政治家イコール悪代官と思っている世間様に強く、「政治家にも人柄の良い方が沢山います!!!」と 訴えたいと思った。     

8月20(火)

このところの朝晩の風が爽やか。  過ごしやすくなってほっとする。  朝歩いている、太田川の支流の古川の川沿いも風が爽やかだ。  護岸を石でしているので、草が生え、中州には葦が生い茂り、かもも沢山いる。  自然に近い状態。  散歩道としては最高だ。  生憎、草花や生物の名前に疎いので、 あれこれと目に付かないが、好きな人には楽しいかもしれない。  面白いことに、朝もとても早いほうが散歩している人が多く、犬を連れていたり、ご夫婦連れだったり、ゴルフのクラブを持っていたり、走ったりでそれぞれだ。  すれ違いに、「こんにちわ」と、声を掛ける人、黙々と歩く人、これも様々。  低血圧のせいか、朝歩くと、血圧が上がって、調子がいい。            

8月23日(木)

遅ればせながら、夏休みを頂きます。  しばらく日記はお休みします。


 

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