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2002年11月

11月29日(金)

今日はフリーマーケットをした。  もう3回目。  その売上は来年の春の「みどり会の集い」でする植林の基金のする。  今年の春は、この基金で芸北町に100本の木を植えたが来年は200本にしたいと思っている。  売るものは家に眠っている不要品を寄付していただいた。  売上は54,080円、10時から12時の2時間の収穫。  家の整理になるし、ゴミを減らてまた活用し、その結果植林が出来る、とてもいいことと、大分評判になっている。  毎回楽しみにしてくださっている方もいる。  何事も回を重ねて実行することが大切。  場所を貸してくださった緑井の生鮮市場、品物を寄付してくださった方々と買ってくださった方々、そしてお手伝いくださったみどり会のメンバーに感謝。  フリーマーケットにご協力してくださったら、是非植林にも参加していただきたい、と思う。 

11月27日(水)

東京から転勤してきている奥さんたちと会う。  子供は独立し、夫は仕事で忙しく、自分のすべてを断ち切ってきた奥さんたちの悩みは同じで、友達が出来るまでの寂しさや、自分の居場所を見つける苦労をどう解決して行くかだ。  最初は何にでも積極的に出かけていく事から始まるが結構時間が掛かる。  広島に来た7年前を思い出す。

11月25日(月)

昨日は千代田町の町議選があった。18議席に19人が出て、その16人の家に伺いお祝いを申し上げるために増原は昨日の夜8時半に出掛けて行った。  1軒1軒まわって、帰ってきたのは朝の5時だった。  古くから習慣となっている儀式。  千代田町は広く、人口も多く議員の数も多い。  それだけ時間が掛かる。  少し仮眠して、東京へ出掛けて行った。  本人は至って元気だが、私はやっぱり体が心配。 

11月22日(金)

月に一回の勉強会の日。  今日はディベートの勉強。  アメリカ式とイギリス式があって、今回はイギリス式の変形ディベート、ウィットとユーモアーをちりばめて行かなくてはならない。  ディベーターになる。  論題は「旅行には、夫を家に置いておくべきである」、私は肯定派。  夫を家において行けばこんなにいいことがある、を言うが、突っ込まれると必死。  ユーモアーで返したいが、面白いことを言うのはすごく難しい。  吉本の人たちを尊敬する。  初めてのディベートだったが、手元に沢山の情報があれば、切り返しも優位になるので情報が一番大事ということが分かった。  ディベートを大学で教えていらっしゃる先生のお話も、とても面白かった。 さすがディベートの先生でした。  久し振りに頭脳働かして、すっかり疲れました。

11月21日(木)

事務所はもう来年の新年互例会の準備に入っている。  後援会への案内状を封筒に入れ、宛名のシールをつけるのは枚数が多いだけ大変だ。  お手伝いの方々が来てくださるので、本当に大助かり。  有難うございます。  おしゃべりをしながらの作業も楽しい。  とても勉強になる。  ついついおしゃべりに夢中で、夜、増原の代理である励ます会に行くことを忘れていた。  慌てて帰り、着替えて夜の部へ出かける。          

11月20日(水)

上田流のお茶会に行く。  年に一回しか使われないというお茶室、遠鐘でのお茶会。  どういう訳か正客のところに座ってしまったが、狭いお茶室の中、家元が点てるお茶を間近かで見られたのには、感激だった。  静けさの中で最高のおもてなしの濃茶を点ててくださる。  炭の焼ける音、お湯がしゃんしゃん沸く音、そして外の鳥の声しか聞こえない。  お点前の動作の流れの素晴らしいこと。  思わずうっとり。  後で、ぶしつけにも、お点前なさっている時は無心ですか?とお尋ねした。  やはり、無心でいらっしゃること、一種の呼吸法があり、毎朝その呼吸法でお茶を点てていることを教えてくださった。  この間習いだした、本物のお仕覆を拝見でき、思わず裏表ひっくり返して見てしまったら、「あまり触ったらいけません」とご注意。  ごめんなさい。

11月17日(日)

そういえば昨日、一ヶ月振りに瓢箪堂へ行った。  私の大好きなお庭は、もうすっかり紅葉になり、赤いもみじが鮮やか。  しばし紅葉を楽しむ。  今日の催し物はカンボジアのクメール織り。  NPOで活動していらっしゃる方のカンボジア報告もあって、織物に今興味津々の私は前から楽しみにしていた。  ポルポトのせいで、一世代が抜けてしまっていて、クメール織りの伝承が途絶えてしまっていたのを、ご苦労なさって、現在に繋げて、さらに貧しい女性たちの仕事になれば、と100人からの女性に教えているそうだ。  丁度一週間ほど前にNHKでカンボジアが貧しく、こどもの人身売買が絶えないと言う番組を見たばかりなので、お話が実感できた。  絹と言えばタイや中国だが、繭の原産地はどうもカンボジアらしく、  原種の繭は白くなく黄金色だ。  100年前の絣織りを触らせてもらったが、日本の江戸期にあった山繭で織った布のようにそれはそれはやわらかくしなやかだった。  ほとんどが、お寺に収める、儀式用で、絣の模様も、いろいろと意味があるとか、興味が尽きない。  訓練所を運営して行くには経済活動の上に乗せないとやっていけないので、年に一回織物を売りに、日本各地を回るのだと言う。  活動は大変だが、それに賛同して、支える、瓢箪堂のオーナーの心意気もすごいと思う。  私もお役に立てばと、一枚買わせてもらう。  宝物として大事にしよう。

11月16日(土)

増原は毎週金曜日の夜に広島に帰ってきて、週末を過ごす。  今週は国会の委員会が沢山あって、朝から晩まで、掛け持ちで委員会に出席し、かなり大変だったらしい。  土日も、地元の公民館祭りや、農業祭があり、カラオケ教室の発表会などに行って、挨拶をし、歌ったりする。明日の夜は、国政報告会もあり、スケジュールが詰まっている。  月曜は9時から委員会が始まるので、朝一番の飛行機で上京する予定。  私としては1日、いやせめて半日でも、休養して欲しいのだが。  国会議員としての一番の資質は体力だと思う。

11月13日(水)

緑井の再開発はデパートの天満屋を中心として、大きく進展している。  映画館やスポーツクラブ、ショッピング・プラザができるとか、完成を 楽しみにしている。  日頃、障害者の作業所の製品がもっと売れないかな、と考えていたのが、天満屋の協力で実現しそうだ。  知り合いの作業所の方たちに声を掛け、また、人が多く集まる天満屋にもお願いし、 何かのフェアーのときに作業所の製品を売らせてもらうことになった。  せっかくだからと、安佐南区の各作業所にも声を掛けることになった。  製品が売れるのことは勿論、作業所の存在を知ってもらうことや、障害者の声を聞いてもらうのも、目的だ。  東京ではすでに、イトーヨーカ堂で実現しているそうだ。 

11月10日(日)

緑井の公民館祭りに行く。  2日にわたり、歌や踊り、コーラスの発表や、習字や手芸、お花、写真の展示があり、にぎやかだ。  手近で習い事ができるのは楽しい。  男の料理教室の方たちが豚汁を売っていたりする。  70過ぎのお母さんの同級生に 「大きくなったねー」 と言われている50過ぎの男の人の会話を聞くのも、地元らしい。         

11月8日(金)

広島に帰って、留守していた間の雑用に追われていたが、今日はこころを新たにして、「お仕覆」 を習いに行く。  お茶の道具を包む袋だが、簡単なものではないらしい。  フクロクリエーターとしては、日本に昔からあった 「お仕覆」 がどんなものか知りたい。  ミリ単位まで包むものをきちっと計り、型紙を作る。  大雑把な私の性格には大変だ。  でも何ともいえず爽やかな先生のお人柄に惹かれて、続けてみようと思う。  忙しさの中にも、こんな時間があってもいいかな。

11月4日(月)

このところ元気なので、実家の父母に会っていなかったが、今日は母をデパートに連れ出す。  久し振りに2人で出かけたので、母はウキウキしている。  あれこれ見て、手が痛くて持てないからと、小さなお鍋や、はやりの光る口紅が欲しいと、買って帰る。  それだけでも楽しかったらしく、日頃ちょっと歩くと 「足が痛い」 と言うのに、 しゃんしゃんと歩いている。  元気なので有難い。         

11月1日(金)

折角上京したのだからと、息子が中高で一緒だった友達の母たちが集まろうと呼んでくれた。  たぶん日本で一番自由な学校で、たった一つの校則が 「学校に下駄で来ない事」 だった。  自由の裏には自己責任がある、というのを徹底的に教えてもらったことは有難いと思う。  皆、個性的に過ごしている。  その母たちだから、やっぱり個性的。  息子たちのことはさておき、自分たちの生き方を一生懸命に模索している。  お互いにすごく刺激し合った。  久し振りに昔のことを思い出す。  息子が高2の時に、子供を東京において、増原と広島に帰った。  一番大事な時期に子供をほったらかしてしまった、その負い目をいつも感じていたが、息子はすました顔で「うるさい親がいなくて良かった」。 いずれ 親離れ、子離れしなくてはならないのなら、早くてもいいかもしれない。  でもそれも振り返れば何事も無かったから言える事。