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1月1日(水)
車で、二重橋を渡る。 何時見ても、素晴らしく感激する。 宮中の車寄せで車を降り、長い緩やかな階段を上がって、控えの間に入る。 衆参議員が集まり、お互いに、新年の挨拶をする。 しばらく歓談をした後、長い回廊を歩いて、拝謁の間に移る。 天皇陛下から 「国の発展と、国民の幸せを望みます。」 と お言葉を戴いた。 皇后さまはじめ、妃殿下がたの、ローブデコルテとダイヤモンドのチアラが燦然と輝いて、おとぎの国のようだった。 また長い回廊を歩いて、宴席へ。 お酒で乾杯をし、目の前のおせちの折り詰めを頂いて、帰る。 2003年のはじめの今日、元旦に宮中に伺うと、今年一年、日本の為に努力をしていかねばと、気持が引き締まる思いがする。 妻である私でさえ、そうなのだから、まして増原の気持はさぞと、思う。
1月5日(日)
朝起きたら一面の雪。 かなり寒い。 寒さにめげず、ある会の新年会へ。 広島市長選、統一選挙、もしかしたら総選挙の年なので、議員が沢山参加している。 そのせいか、とても盛り上がって、参会者の方たちも熱気がある。 選挙の時期が決まっている議員は着々と準備が出来ていいな、と思う。 私たちも何時あってもいいように準備万端整えなくては。 顔見知りの方たちに、新年のご挨拶と近況を、初めての方には増原の名刺を差し出し、ご挨拶をしていると、 あっという間にお開きになる。 今年も何人の方に会えるかしら。
1月7日(火)
今日は七草粥の日。 友人宅の、お粥を食べる会合に呼ばれた。 折角のお正月なのに、好きなキモノを着られないのは残念と思って、本を見ながら、自分で着てみた。 2時間ほど奮闘して、ようやく時間に間に合った。 皆さんに点検してもらったら、ちゃんと着れていると、〇を貰った。 嬉しい。 今月はキモノを着る機会が多く、初釜や来週の増原の新年互例会に着ていくキモノを選び、帯や帯〆、半襟や帯あげをどうしようかと、色々悩みながら決めるのも楽しい。 自分で着られれば、ちょっとした会合にも着ていかれるし、会が華やかになって喜ばれる。 また明日練習してみよう。
1月11日(土)
上田宗箇流の初釜に行く。 今日は普段使われない白壁の美しい正面の門から入る。 久々に寒さが緩み、良いお天気で、お庭が映える。 松葉が敷き詰められ、杉苔がみごと。 初釜の家元のお手前はやはり緊張感が漂う。 お濃茶とお正月ならではの黒豆、山椒の実と小梅が入ったお福茶をいただく。 広島の知事、市長、政界、財界の方々が集まり、和やかさもある。 次々と出て来るお運び人たちの若いはかま姿が凛々しいのは武家茶だからかしら。 お祝いの膳をいただきながら会話が弾む。 お酒を注いで下さったご子息はうちの息子と同い年だが、よっぽどしっかりしていらっしゃる。
1月12日(日)
3連休の中日、各地で「とんど」が催される。 竹を5,60本組んで大きなやぐらを組み、神社から持って来た火をつけ、お正月のお飾りや、書初めを燃やす。 町内ごと行われるが、住宅が密集して来た地区では火災が心配されるので取りやめになる所もある。 ある広さの空き地と、竹やぶがないと出来ない。 「とんど」が出来るということは、まだ自然と町内会の結束が残っているということ。 今日はお天気が良いし、乾燥しているので空高く炎が燃え上がる。 飛んでくる火の粉で服に穴があく事もある。 竹の中の空気が破裂して、ボンボーンとすごい音がする。 やぐらが燃えて、置き火を平らにし、そこに長い竹ざおの先におもちを刺して焼き、竹ずつに入れたお酒を沸かす。 1メートルも近寄るととても熱いので、道具をいろいろ工夫しておもちを焼くのを見ているのは楽しい。 今日は三ヶ所まわった。 それぞれ、お酒を頂き、お餅を食べ、豚汁やぜんざいをいただいて、お腹いっぱいに。 何もつけない焼餅を肴に竹筒で沸かしたお酒の美味しさを憶えてしまった。
1月14日(火)
広島のホテルで開かれる大きな新年互例会にまたキモノを自分で着て行こうと朝から大奮闘。 1時間もあれば何とかなると思っていたのに、上手くいかず大慌て。 どうにか形にはなったが、何時ぐちゃぐちゃになるか心配で冷や汗ものだった。 でも皆さんとても喜んでくださった。 来週からは市長選が始まるし、市会、県会もあるし、2区からは新人が出るしで、とても熱が入った会だった。 次から次に紹介があった。 舞台に上がり、一言の挨拶で自分の個性を表現するのは難しい。 どうしても二言三言と長くなりがちだし、長くなれば飽きられる。 しかし舞台に上がった瞬間にその人となりが分かるから恐い。 やっぱりどう生きてきたかが出てしまうのだ。 いつもまな板の鯉同様、舞台の上にあがるばかりなので、たまに下から見上げていると、良い勉強になる。 あさっての増原の新年互例会が恐い。
1月16日(木)
増原の新年互例会が無事に終わった。 ほっとした。 1200人もの方たちの一人一人に新年のご挨拶をし、握手をしていると、皆さんが満足して、とても良い顔をなさって帰えられるのが分かって本当に良かったと思う。 浪人時代にいろいろなご苦労しながら支えてくださった事を思い出すと、後援会の方たちに心からの感謝の気持で一杯です。 そして、あの不安で一杯の時に、増原の人柄を信じて、応援して下さった方たちの顔をみると、つい涙が出てくる。 そういう方たちがホテルの大宴会場満員に埋めてくださって、熱い思いあふれる会にして下さった。 皆さんに支えられている事を実感する。 本当に、なんて有難い事。 一層努力しなければと思う。 そして、この会も沢山の方々のお手伝いで成り立っている。 それがもう、当たり前のようにそれぞれの役割をしてくださるので、感謝感激。 もう1人1人の年中行事の一部になっているかのようで、「これがないと、お正月が終わらない」と、言って下さる。 増原の会の特徴は、女性が多くて華やかで、沢山の方たちが会の終わりまでいて、なごやかな事。 増原は幸せな人だと思う。 いろいろな方の顔を思い出し、今までのことが走馬灯の様によぎり、気持が高ぶってなかなか寝られなかった。
1月17日(金)
午前中は、ボーっとして過ごしたいと思ったが、昨日着た着物の片付けや、お礼の電話やら、あれこれしてしているうちに終わっってしまった。 来週から国会が始まるので、増原の東京暮らしの準備をしたり、掃除洗濯をしたり、主婦って忙しい。 「昨日は疲れたでしょう、ビタミンCの補給にどうぞ。」、と支援者の方が苺を持ってきてくださった。 有難く、嬉しい。 夜はまた増原の代理で新年会へ。 挨拶を言わされるので、ドキドキ。 何回やっても上手くいかない。 お酒を注ぎながら、1人1人まわっていると、いろいろな話が聞ける。 本音が出るからかしら、ためになる事が多い。 市長選が今度の日曜日に告示されるので、候補者のお嬢さんが挨拶された。 前回の選挙の時に娘に手伝ってもらったので、イメージが重なり、感慨深い。 選挙って、家族にとっては大迷惑。 妻はともかく、子供たちは本当に嫌だと思う。 でも、「お嬢さんまで駆り出されて!」 と思うと、やはり人情で応援したくなる。 前回の増原の選挙でも、娘も息子も大活躍をした。
1月19日(日)
朝早く、市長選の候補の出陣式に行った。 増原が風邪をひき代理で参加した。 今日から2週間の選挙戦。 候補の方には、元気で頑張っていただき勝ち抜いて欲しい。 まず、神事をし、広島球場前で第一声の気勢上げた。 寒い中、大勢の支援者が集まり、激励してくださるのは本当に有難いと思う。 増原と同じく、前回破れて、4年間の浪人生活をした候補だが、この4年間は決して、無駄ではなく、むしろ、日々の積み重ねた努力をして来た、きちっとやって来た、という自信を持って臨んでいる事と思う。 この自信があればこそ、2週間の戦いをしていくことができる。 続いてお昼はまた代理で、ある会に出席。 今日も忙しい。 私まで風邪をひいたら大変。
1月20(月)
今日から長い第156回の国会が始まった。 増原と一緒に上京し、夕方から、友達の全国区選出の参議院議員の政治パーティーに出席する。 昔からの家族ぐるみの友達で、「是非来てね」 ということで広島からはせ参じた。 共通の友達にも久し振りで沢山会い、おご馳走も、いつも挨拶で忙しく、食べた事が無かったから、よそのパーティーってなんて楽しいのかしら、と思った。 トロのにぎりとローストビーフをそれぞれ2皿ずつ食べて、大満足。 パーティーはいつも同じ形式だが、なんとなく主催者の個性が出て面白い。
1月22日(水)
娘が5月に 長ーい育児休暇を終えて、会社に復帰するので、会社の人事の面接があって、子守りをする。 2年近い育児休暇は親子にとって、とても良かったと思う。 「まだ小さいのに保育園に預けて働くなんて!」 と言う人もいるが、 娘は仕事に向いているし、これからの時代は女性もキャリアがあっていいと思うので私は復帰に大いに賛成。 一人っ子のハルカも保育園で社会性も身につくだろうし、今日のように切なく 「ママ、ママ」 と言ってられない。 強く逞しくなって欲しい。 でもまだ保育園の入園が決まっていないので心配。 この間申し込んだら、7人の所に70人もの応募があったそうで、まだまだ保育園が足りないらしい。 労働白書によると、働く人の4割は女性。 もっと保育園を充実して、働きやすいようにして欲しい。
1月24日(金)
ハルカをかまっていると楽しい。 大人の言う事が大抵分かっていて、面白い反応をする。 「お口は?」「お耳は?」と聞くと、口を抑えたり、耳をさわったりするし、物を落っことすと、「おっこたったー」 と言う。 「パパは?」 と聞くと、「いなーい」。 「じじは?」 「いなーい」。 「ハルカは?」「ここ」。 何でも分かっている風だ。 「こんにちは」 も「ありがと」 も言える。 なんてお利巧と思うが、「これ、とってー」 「これ、ほしいのー」 とうるさくもある。 ハルカを構うのも、半日で十分満足。 午後の便で増原と一緒に広島へ帰る。 羽田のラウンジは地元へ帰る先生方が沢山いらした。 皆さんやっぱり、金帰月来をしていらっしゃるみたいだ。
1月28日(火)
我が家で、陶芸教室の仲間と新年会をする。 自慢の作品にお料理を一品盛ってくるという趣向。 テーブルの上が花が咲いたようで楽しい。 新人は来年こそ、大皿を持って来たい、と奮起し、ベテランは白和えを持って来たいのでそれに合うお鉢を作ろう、とそれぞれにとって、刺激になる。 男性2人が、てんぷらを揚げてくれた。 おいしい! 主婦は揚げたてのてんぷらなんて食べれないので、皆感激。 ふきのとうの美味しかったこと!!! 春はそこまで。
1月29日(水)
春はまだまだ。 朝一面の雪。 それもかなりの量で、止む気配は無い。 どんどん積もって行く。 我が家は広島市内といっても、北の中国山脈がはじまる際にあるから、かなり寒い。 道路は雪が積もって、車はのろのろ。 でも中心地に行くと、雪の陰も形も無い。 こんなに違うのかとビックリする。 市長選の候補の事務所に陣中見舞いに行く。 奥さんがいらして、「選挙は終盤からですよ! これからの追い込み次第ですよ!」 と励ます。 かつて官僚だった同じ身の上、180度違う環境で、大変さは身にしみて分かり合える。 振り絞って頑張って欲しいが、かつて私は「がんばって」という言葉を聞きたくなかった。 こんなに毎日毎日努力しているのに、これ以上、どうすればいいのか? 「がんばる」って一体どういうことか教えて欲しいと思った。 でも今では分かる。 必死になること。 自分がこんなに必死である事を、人にわかってもらう事だ。 選挙は自分が市民の為に、国民の為に働きたいから、自分がこんなに必死である事を人に伝えて、理解してくれた人たちがまた必死でそれを他の人に伝えてくれる。 その輪が広がる事だと思う。
1月31日(金)
お仕覆のお稽古に行く。 古布好きが集まるので、話が尽きず楽しい事この上ない。 話しがどんどんそれて、なかなか仕覆が出来上がらない。 でもどうにか形になってきて嬉しい。 まだ一つも出来ていないのに、次はどうしよう、ああしたい、と夢は膨らむばかり。 夜は参議院の先生の新年会に、また着物で行く。 着物を着るのもだんだん慣れて来たので嬉しい。 もっと気楽に着れたらと思う。 もうすっかり選挙モードだが、一参加者として、下から舞台を眺めていると、選挙する者の必死さがもう一つ伝わって来ない、と感じた。 限られた時間、限られた場所で、一体どうすれば伝わるのかしら、と思う。 難しい。
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