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2003年3月

3月1日(土)

家の近くで交通事故があり、近所の方が亡くなった。  毎日歩いている道での事故なので、それに、顔見知りの方が亡くなったので、ショックだった。  狭い道なのに、駅や小学校に通じる道で、郵便局やスーパーも何軒もあり、バスも通っている、交通量の多い道だ。  ところどころにしか歩道が無く、塀にピッタリよって歩かなくてはならない。  運転する側にとっても、歩行者が多く、十字路もあるので、スピードは絶対出せない、徐行最優先の場所。    いつも神経を使っているので、一体なぜ事故が起こったか不思議だが、やっぱり事故は起こる。   昔の農道がそのまま生活道路になったので 道を拡張して、歩道を作れればよいのだが、家が密集しているから、難しい。  同じ様な道が市内には無数にあるが、 ここの道は再開発が進んでいる場所へ通じる道で、今後ますます交通量も増えるだろうから、いずれどうにかして欲しいと切実に思う。     

3月4日(火)

3月になったのに粉雪が舞っている。  とにかく寒い。  咳も止まらずすっきりしないけど、前々からの約束で福山の鞆の浦までお雛さまを見に行くツアーに参加する。  地元の方たちと、1日遠足。  まず、福山の手前の松永の日本はきもの博物館と隣接している、日本郷土玩具博物館をみる。  履物の歴史や、洋服の歴史とともにある靴の発展も分かって面白かった。  有名人の靴も沢山展示してあって、良く集めたなあ、という感想。  郷土玩具も沢山沢山あって、丹念に見ていけば一日中掛かりそうな、思いがけず楽しい博物館だった。  鞆の浦の歴史民族資料館では、丈、50センチほどもある大きな江戸時代中期の次郎左衛門雛や古今雛、享保雛は圧巻だった。  衣装はすでにぼろぼろになっているが、胡粉の顔はつややかで時間を感じさせない。  後ろの屏風、ぼんぼり、その他のお飾りも時代を統一させて、素晴らしいコレクションだった。  私の1日遅れのお雛様まつり。  私のお雛様も飾ってあげればよかった。  忙しさを言い訳についつい出さずじまい。  そういえばハルカにも雛あられを送ってあげればよかった。  後悔の1日。        

3月5日(水)

夜はライオンズの同伴例会に出かける。  同伴と言っても、増原は東京なので欠席、1人で行く。  でも友だちばかりで、遠慮が無く、楽しい。  ライオンズでも植林をする事になった。  実のなる木を植えて、将来、施設の子供たちと一緒に収穫しようと、夢のある企画だ。  余興のダーツで2位になって、2等賞を頂く。  昔、初めてライオンズに行った時の余興が忘れられない。  じゃんけん合戦で勝ち残り、最後のじゃんけんまで勝ってしまった。  普段じゃんけんに弱いのに、不思議だった。        

3月7日(金)

ある女性の集いに参加する。  毎年春に集うのでやっと春がきた感じがするが、まだまだ毎日寒い。  今日はマイセンができるまでの歴史を講演で伺った。  錬金術師とか、フリーメイソン、薔薇十字軍がふんだんにでて来て、なにやら秘密めいていて面白い話だった。  景徳鎮や伊万里みたいに、近くに磁器用の良い土がないと、磁器を生み出すのは化学に頼って大変な思いをしなくてはならなかったらしい。  生成する炉もまきを焼く窯ではなく、大きな凸レンズで太陽光を集めて焼いたというから、面白い。  講演後、お食事を頂き、おしゃべりに花が咲き、優雅この上ない中、一生懸命増原の名刺を出して挨拶を繰り返すのは、こんな職業をしている夫を持った運命か。    

3月8日(土)

珍しく、夕食を増原が家で食べた。  なかなか一緒に食べる機会が無く、体に良いものを食べてもらいたいのに、普段何を食べているのか、分からないので、心配だが、忙しいので、どうする事も出来ない。  せめて一緒の時は、と気負うが、鍋がいいというので、どうってことない野菜一杯のお鍋にしたら、「おいしいねー」。  腕の振るい様が無くて、カンも狂って、お料理の腕はどんどん落ちるばかり。            

3月11日(月)

議員の不祥事が相次ぎ、本当に残念至極。  個人の問題だけど、皆同じじゃないか、と見られるのが悔しい。  初心を忘れずに、誠実に、毎日を過ごして行くしかない、と思う。  男の人は顔も大事。  増原の顔が変らぬよう、後ろでしっかり見守るのも、私の役目かもしれない。     

3月13日(木)

久し振りに、出前の小ぶくろ教室をする。  「小ぶくろの他にも何か簡単に作れるものは無いですか?」 という事で、藍染めの古切れでコースターも用意した。  いろいろな柄の組み合わせで楽しいコースターが作れるよう、古切れの箱をひっくり返して、ああでもない、こうでもないと材料を準備した。  皆さん、「針は久し振り!」 と仰りながらも、 なかなかのもの。  小一時間で出来上がり、それぞれの作品を前にして、ご満悦。  その後は堰を切ったかのように、家族の事、政治の事など、いろいろ質問が出て、 おしゃべりに花が咲いた。  政治を、増原を身近に感じていただければ、私も嬉しい。  楽しい午後でした。 

3月17日(月)

先月緑井天満屋店でさせてもらった、安佐南区の各作業所の販売は作業所にとって、とても良かった、という報告を頂いた。  さすがデパートだけあって、お客さんが多く、そのため売上も良く、励みになって、作業所同士の連帯感も生まれた、という。  地域の方たちに作業所のことを知ってもらう良い機会になったし、これからも、続けていきたいという。  よかった!  とにかく続けることが大事。  それが力になる。  健常者と障害者の共生を目指して欲しい。  これから天満屋に行って、またお願いしてこよう。

3月18日(火)

来月引越しをするので、引越しやさんに見積もりに来てもらった。  3つの業者に見てもらったが、なんと三者三様。  こうも違うのかとビックリした。  会社のあり方まで分かって、とても社会勉強になった。  なぜか一番安い所が一番信頼感が有って、お願いする事にした。  今日からは目に付く所を片付けて、いらない物を手当たり次第捨てる事にして、身を軽くしたいと実行。  体重もこうやって、捨てる事が出来たらと思う。             

3月19日(水)

アメリカのイラク攻撃が間近に迫り、無力感が走る。  戦争は断じて阻止したいが、北朝鮮の動きを見るにつけ、日米同盟は堅固にする必要があり、苦渋のやむをえない決断だと思う。  テロ警戒の為に関係場所には警護体制がひかれ、ただならぬ気配を感じるだろうが、ここ、広島市の郊外でも、岩国の戦闘機の訓練だろうかジェット機の耳を劈くような音が、頻繁に聞こえるようになった。  遠い中東の戦争、では片付けられない身近な事だ。  どうして日本がアイデンティティーが無いのか見えてきただけに、これから、国のあり方を真剣に考えなくてはならない時が来たと思う。           

3月20日(水)

コミュニケーションの勉強会である、ITCひろしまクラブの20周年記念例会がプリンスホテルであった。  中国地方の各ブロックや市内から160名お客さまが見え、女性ばかりで華やかに、かつITCならではの理知的に、 行われた。  これからの時代、コミュニケーションが大事と、20年前に会を始められたチャーターメンバーには心からの敬意を表したい。  20年も続けるということは並大抵のことではないし、それも、持ち回りで会長や役員をして行くというシステムで女性が活動するというのも大変だったと思う。  80歳を過ぎても、まだ現役で勉強しておられる、メンバーがスピーチをなさったが、かくしゃくとして、言葉が美しく、チャーミングで素晴らしかった。  私もああ年取りたいと思った。  記念講演はコラムニストの天野祐吉さんのお話。  ここかしこにユーモアがあり、洒脱なお人柄。  言葉にはニュアンスが大事でそれで人間関係も良くなる、というお話だった。  面白かったのは、選挙は顔で選べ、というお話。  顔の造作ではなく、感じか良いか、悪いかで、政見放送は、決まりきった政策の言葉を並べるよりも、だた黙って顔をアップに見せた方が、よくその人柄がわかり、より良い人を選べるというご意見だった。  そうなのかー。    

3月24日(月)

広島市には、2つの混雑する道路があり、早くバイパスを作ることが望まれている。  1つは国道2号線。  これは何人かの地元の反対があり、市長は、折角付けられた予算を返上してしまって、この先どうなるのか分からない。  もう1つは、「可部には壁がある」 といわれている、 国道54号線で、市内から北に向かう道路で選挙区の中にある。  それが今日、トンネルが出来、延長された。  増原もこのバイパスが住民にとって大変重要として、尽力し、今日ようやく4,2キロが開通したが、まだ渋滞は解消されない。  でもこれで9分も短縮されるが、3年後の全線開通が早く望まれている。  公共事業はこの時代、少なくなってきたが、やはり必要な所はするべきと思う。     

3月25日(火)

友人のお嬢さんの演奏会に行く。  フルートの4重奏という珍しい演奏会だが、とても息が合って、素晴らしい演奏会だった。  フルートの音色が、何とも快く、緊張感もあり、品格の高い演奏だった。  このような質の良い演奏会をここ広島だけでなく、各地でしてもらいたいと切に思った。 

3月28日(金)

日頃、息子をほったらかしにしているので、せめて卒業式に出たいと思って、安田講堂に行った。  出会っても、声を掛けてくれるな、と来るのを嫌がっている息子そっちのけで、父母と3人で出かける。  残念ながら、父兄は大教室で、モニターを見ながら参加。 安田講堂は狭くて、というより、卒業する大学院生が多すぎるのか、院生で溢れかえっている。  さすが大学院のの卒業式だけあって、厳かだったが、中には壇上でガッツポーズする総代もいた。  留学生も多くて、国際的だった。  佐々木総長の祝辞の最後の言葉どおり、「悔いの無い人生を送ってください。」 !!!  お天気がよく、 式が終わってから、皆晴れやかに写真を撮ったり、歓談している。  思いがけず、息子が携帯で「どこにいるの?」 4人で学内を散歩した。  父も母校に久し振りに来る事が出来て嬉しそう。  長蛇の列に並んで、思わず東大饅頭を買ってしまう。  こんなものを売っているなんて、生協もすごい。  わが息子、少しは世の中に役立ってほしい。  がんばってね!!!

 

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