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2003年8月

8月1日(金)

今日は父の80歳の誕生日。  弟一家は海外に居るので、せめて私だけでも、と母と3人でお祝いをする。  父は数年前に心臓の大手術をしたり、白内障の手術をしたが、今はいたって元気なので、2人揃って生活していてくれて、とても有難い。  近くに居ないので、心配だが、今の所まだ大丈夫。  冥土の土産に、と話題の高いタワーから大東京を見に連れて行ったり、ステキなホテルでお食事したり、ショッピングアーケードでウィンドウショッピングしたり、私としては最大限の親孝行。  夜の便で広島に帰ったとたん、 プレゼントした、地元の美味しい日本酒のビンが開かない、 と困りきった様子の電話が入る。  「ビンはひねれば開くわよ、ビンぐらい自分で開けなさーい!」 思わず叫んでしまった。  大丈夫かな?   

8月2日(土)

恒例の盆踊りが集中してある日。  去年の日記を見ると、同じことの繰り返しで恒例に成っている。  今年の私の受け持ちは5個所。  何だか盛り上がって、すごいビアガーデンみたいになっている所もあったり、 出し物の子供神楽まであったり、人集めにいろいろ工夫している。  子供たちが浴衣や甚平を着ているのも可愛くて、踊りより、その他のほうが面白かった。  夏の夜のお祭り。 

8月6日(水)

どうしてこの日は朝から特別に暑いのかしら。  58年前のこの熱い暑い日の犠牲者の叫びのようだ。  まだ8時だと言うのに、頭に卵をのせたら、目玉焼きが出来そうなぐらい、じりじりと日が照っている。  恒例の川内の慰霊祭に行く。  式典だから帽子をかぶる訳にも行かず、日傘をさすわけも行かない。  ほんの小一時間のことだけど、汗が吹き出る。  この熱さを耐え忍んでいると、犠牲者の思いが伝わってくるような感じだ。  でも、参加者はだんだん高齢になって、このような式典には耐えられなくなるだろう。  場所を屋内に移して行うのも一案。  恒例であろうとするお役所仕事から、一歩踏み出すのも、かたくなな広島の平和主義の一歩前進かもしれない。     

8月7日(木)

郡部を回る。  どこの田んぼの稲もまっすぐ伸びて、緑が美しいが、ことしは冷害で穂の中に実が中々入らないそう。  田んぼの水が20度以上にならないと、いい具合に育たないそうだ。  不作が心配される。  挨拶代わりに、稲の具合はどうですかと尋ねると、 「あんまし、よーないねー」 という返事が多い。  久し振りに会った人に、「奥さん、肥えたねー」 「いざ選挙のために溜め込んでいるんです」  あーあ、朝の散歩の努力の甲斐も無い、ガッカリ。             

8月8日(金)

台風が来ると言うのに、大学の同窓会が市内であった。  老いも若きも40人ばかりが集まった。  最近卒業した若い人たちがコンパののりでやってくれたから、楽しく、若さ一杯で、昭和卒業組も、そのおこぼれに預かって若返った。  いろいろな職種の人がいて、面白い。  ?十年ぶりに同じ学部と同じ高校の一年後輩に会う。  お互い昔と変らぬ顔をしているのですぐわかった。    

8月9日(土)

またまた土曜日の盆踊りの日。  昨日の台風で、準備が間に合わず、順延する所もあって、私は3箇所に行った。  マイクで挨拶させられるがこれが大の苦手。  賑やかで誰も聞いていないのをこれ幸いと、一言で済ませてしまう。  代議士の妻たるもの、マイク持ったら離さない、ぐらいの流暢な挨拶をしないといけないのだろうな、と反省するが、こればっかりは本当に苦手。       

8月11日(月)

挨拶回りをしていると、畑に生っている野菜を下さる時がある。  このところ、トマトやら、ピーマンやら、ナスを頂く事が多い。  「自分で もいでみなせ〜」 といわれると嬉しくなる。  長なすのピカピカ光ったのが美味しそう。  きゅうりは今にもはじけんばかり。  完熟トマトは青臭い匂いがする。  なんとも贅沢。  なかには、冷凍庫を開けて鮎や、いのししの骨まで下さった。  おでんのスープにすると美味しいそうだ。  秘書が 「奥さんと回ると、いろいろ収穫がありますね」  事務所でみんなで分け合った。  

8月14日(木)

今年の夏は涼しい。  体にはとっても助かるが、気持ち的にはやっぱり夏は暑くなくては。  今日は朝から雨で寒いぐらい。  長袖を着て市内に出るが、もう一つ羽織ってくればよかったと後悔するほど。   ヨーロッパは熱波で、アルプスの永久凍土が溶け出したというニュースがあった。  ジェット気流が変則的な動きをしているのが原因だそうだが、やっぱり地球環境をしっかり考えて、実行していかなくては、すべて自分にはね返って来る時代になった。       

8月15日(金)

時間を割いて、増原とお墓参りに行く。  今月に入って、国会が無く増原が広島にいるので、何かと大変。  ご飯はちゃんと作らなくてはならないし、洗濯物も倍。  彼の時間に合わせるので、自由が利かなくなった。  なにかと 「千絵ちゃん!」 と呼ぶ。   「はい!」 と返事が返ってくるのが嬉しいそうだ。  ペットじゃあるまいし、と思うが、日頃1人で暮らしていると、返事をしてくれる人がいると嬉しいらしい。  それは私も分かるから、 「もう、うるさいから、呼ばないで!」 と言いたいのをぐっと我慢している。       

8月18日(月)

息子が帰って来た。  お盆休みをずらして取ったとかで、重い本を何冊も持ってきて読書三昧する気らしい。  そんなに読めるわけ無いのに、持っているだけで、読んだ気になるのかしら?  久し振りに会ったというのに、息子も私も口数が少ないので 会話も少ない。  「仕事はどう?」 「まあまあ」  「少しは慣れたの?」 「うん」  「何か食べたいものある?」 「特に無い」  「どこか行きたい所ある?」 「べつに」・・・         

8月20日(水)

いつも外食ばかりだから、いろいろと食べさせてあげたいと、あれこれ作って待っていたのに、息子は友だちと食べるからと帰って来ない。  残り物で冷蔵庫がパンクしそう。  子供が大きくなったら、食べる事しか母親としてする事が無いのに、食べる事にも役に立たなくなったと、実感。  寂しい気がする。     

8月22日(金)

アッという間に日が過ぎて、週末は海に行くからと、息子はそそくさと東京に戻ってしまった。  日頃 2人きりの家の中で、大きいのがごろごろ、のそっ、と1人増えただけで暑苦しかったのがポッカリ穴があいたよう。  増原とは、「おい! 飲もう」 と2人で楽しいそうに夜遅くまでやっていたが、私は夜弱いので参加できず残念だった。  無事東京に着いたかしら?    

8月24日(日)

週末は各地で国政報告会をしている。  国会が無い今のうちに沢山報告会をしなくては、と毎週各地に出向いている。  総裁選を前にして、そして総選挙が近いということで関心が高く、聞きに来てくださる方も多い。  増原の話は日本の安全保障から始まって、北朝鮮問題、自分が出した北朝鮮への資金を止める議員立法の話、経済、社会制度、教育、市町村の合併などなど多岐にわたっていて、とても分かりやすい。  マスコミの報道は感情的で、何か本質かということを見失わせるが、増原の話だと、軸がしっかりと動かないので、何が一番大切なのかを教えてくれる。  私にとってはどの評論家、どのキャスターより分かり易く、今、何が大事なのかを、教えてくれる便利な解説者だ。   一人でも多くの人たちが聞いてくださったら、と思う。  

8月26日(火)

東京の親戚が亡くなり、急きょ上京する。   広島の予定を全部キャンセルして都合をつける。  お葬式は沢山出席しているが、身内のお葬式は特に大変。  とても疲れた。  どのようなお葬式がしたいか、どこでするか、お墓の事など、遺言を書いておいてね、と娘に言われたので、私もあれこれ準備して置かねば、と思った。  そういえば、昔アメリカ人と働いていた時、彼らはリヴィング・ウィルというのを書いていた。  意識が無くなったら、延命しないようにとか、臓器提供とか、遺言とはまた別に作っていたのを思い出した。  日頃忙しさにまぎれて考えたこともない自分の最後を、どうしたいか、この際、思い描いてみようと思う。  

8月27日(水)

一ヶ月ぶりのハルカ。  「ハルちゃん、こんにちわ、バーバよ」 「バーバヤダ」。 「抱っこさせて」 「ダッコヤダ」。  「おかし食べる?」 「ヤダ」。  「ここにお座りしなさい」 「ヤダ」。  ママが「ハルカ、いらっしゃい!」 「ママヤダ」。  「言う事聞きなさい!」 「ぜーんぶヤダ!!!」。  ハルカの第一反抗期。         

8月30日(土)

山県郡の芸北町のみどり会の皆さんと八幡高原の「かりお茶屋」で集う。  わらぶき屋根の農家を移築して、集会所として借りれる。  さすが豪雪地帯だけあって、すでに涼しく、寒いぐらい。   お昼のお弁当もおいしく、皆さんの自己紹介から始まり、みどり会のこと、私の趣味のこと、 ワイワイがやがや楽しい。  古布でいつもと違った、紐で開いたり閉めたりできる袋を作り、できあがると、その簡単なしかけにビックリ!で皆閉めたり開けたりいそがしい。  とても楽しい一日でした。

 

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