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2003年9月

9月1日(月)

先週、上京やら週末の国政報告会など忙しかったので、疲れがかなり残って今日は引きこもり、と決め込む。  我が家のフローリングの床がべたべたしているし、散らかっているので、少しずつ体を動かして掃除もする。  お気に入りのサザンやユーミンのCDをかけ、気分を盛り上げるが中々持ち上がらない。  掃除もはかどらない。  するべきことを箇条書きにしたが、引きこもりなんぞしている暇なんかないぐらい沢山あった。  あ〜あ、余計疲れた。       

9月2日(火)

最高に暑い日。  郡部を回る。  この辺のお米の出来具合は良いそうだ。  もう稲刈りしている所もあった。  今年は、新米が高値で取引されるそうで、新米が口に入るかしら?と心配。  暑くて、熱中症になりそうなので、時々訪問先でお水を所望したりする。  午後になると、同じ口上を何度も言うので、だんだん朦朧としてくる。  口もちゃんとまわらなくなる。  でもしっかり相手の目を見て、笑顔で挨拶しなくちゃ、、、  家に帰って、ソファーになだれこむ。       

9月4日(木)

プリンターを買った。  家にプリンターが無く、とても不便なので、思い切ってスキャナーやカラーコピーの付いた多機能のを買った。  でもインストールが上手くいかない!  途中で止まってしまうのだ。  新しいソフトを入れる時、今まで一発で上手く行ったためしがないのにウンザリ!   あれこれしているうちに私の古いノートパソコンではメモリが少なすぎるのが分かったので、PCを持ってまたお店に行く。  メモリを増やして、やっとインストールできたと思ったら、今度は電源がオンにならなーい! なぜー!! 夜遅くまで汗をたらしながらあれこれやっていると、増原が 「手伝ってあげようか?」  いえいえ、機械音痴で気が短い増原に頼んだら、「どうして付かないんだー!!!」 と機械を叩いたりゆすったりして 壊すのがおちだから遠慮する。  あ〜あ。  もう明日にしよう。 

9月6日(土)

プリンター続き。  電源がオンにならないのはなぜか?とメーカーのHPを見るが、そんな初歩的なことでトラブっている人はいないとみえて、処方箋が出ていない。  メーカーのトラブル処理番号にかけるが電話が中々通じない。  やっと通じて説明。  頭がIT化していない中年おばさんが恐ろしく初歩的なことで電話してきた、と笑われるのではないかと 恥ずかしかったが懇切丁寧に対応してくれたので嬉しかった。  電話の指示どおりに2,3操作するが、うんともすんとも動かない。  結局新品を宅配してくれる事になった。  よかった!  こんな事は滅多に無いらしい。  新しいのが着くのを待つことに。  でもまた動かなかったらどうしよう。  

9月7日(日)

この1年余り病気と戦っていたみどり会の仲間のご主人から、いよいよ悪いので今のうちに会ってください、という連絡が入り、お見舞いに行く。  もう意識も混濁していて、かすかに分かるのか、うわごとのように何かを言っている。  もう何も言わなくていいから、ゆっくり寝てね、と手を握ったり、足をさすったりしたけど、あまりの冷たさにビックリする。  そういう現実に覚悟を強要される。  とぼとぼと歩いて帰える途中、ご主人から、みどり会という活躍の場と友達に恵まれ、本当に良かった、との言葉がぐるぐると頭に中をめぐった。         

9月10日(水)

この間、見舞った友人が翌日に亡くなり、夕べは通夜に、今日はお葬式に行く。  まだ若いのに、本当に悔しかったと思う。  残された家族が可哀想。  私も気力が無くなり、何もできなくなる。  

9月12日(金)

気力が無いのに、スケジュールはどんどん組まれ、昨日に続き挨拶回り。  稲は黄色くなり風景はすでに秋なのに すこぶる暑い。  まるで夢遊病者のように、思考がきかなくなり、ただただ挨拶を繰り返す。  夜寝るときに彼女の事が思い出され、寝つきも悪い。      

9月14日(日)

今日は増原の事務所で働いてくれている若い秘書の結婚式。  彼は息子の一つ年上でしかないのに、とても大人で、あっという間に相手を見つけてゴールイン。  若い人がたくさん集まり、威勢がよい。  余興も楽しく、ここで一緒に楽しまなければと、私もこの1週間の疲れを吹き飛ばす。  あ〜あ、若いっていいな。      

9月15日(月)

今日は敬老の日。  100歳以上が日本に2万人だとか。  想像もできない長寿国だ。  増原と私で手分けして各学区で行われる敬老の日のお祝い会に出る。  お弁当とか記念品とかどこから予算が出るのか知らないが、国も県も市もお金が無い今日、このような予算が縮小されていると挨拶の中でどなたかが言っておられた。  確かに小さい政府になれば、このような式典の形も変って行くに違いない。  実家の父母を、娘たちが今日は食事に連れ出してくれると、電話があった。  私が広島で身近なご老人を敬老すれば、巡り巡って遠く離れた人が自分の親を敬老してくれる。  社会ってそういうものだと一人合点する。           

9月16日(火)

またまた挨拶回り。  おりしも総裁選真っ只中で、話題もそちらになる。  広島は自民党員が多いせいもある。  自民党員の中でも、皆いろいろな意見だ。  すでに書いて出した、という人ばかり。  2年続けて党員になっている人のところに投票用紙が送られた。  なかにはインターネット上で売りに出されたというニュースもあった。  20日の結果が待たれる。  がもうすでにその後の総選挙に気持は移っていて、会う人ごとに選挙、がんばってと言われる。    

9月18日(木)

プリンターがまた動かなくなった。  コピーしていたら電源がつかなくなって、うんともすんとも動かない!!!  欠陥商品???  それとも私が悪い???  またまた電話して、でもどうしても動かないので、また代えてもらうことになった。  IT化って大変。  忙しい日なのにプリンターばかりに構ってはいられない。  ITCの新年度の初例会の日。  お役があれこれあって、頭がそのモードにならなければと思うが、中々切り替わらない。  4時間ほど頭の体操をして、その足で加計町の町長選の祝賀会に。  1人しか立候補しなかったので、無投票の当選。  そんな選挙を私もしてみたい。  夢だわ。  暑いせいかすっかりくたびれる。     

9月19日(金)

事務所に居ると、この頃よく人がみえる。  「いよいよ選挙ですね、手伝いましょう」 とボランティアをかってでてくださる方が多い。  とても嬉しい。  今は特定の団体や会社の応援があるからといって、それに属している人たちが全員応援してくれる時代でなくなって、一人一人個人の考えで応援するようになった。  だから一人一人のボランティアの存在がとても大きい。   選挙は1人ではできないし、皆さんの力で増原を国政の場の押し出していただきたい。  それでこそ代議士というもの。           

9月20日(土)

総裁選の日。  午前中に挨拶回りを済ませ、2時からTVの前に座る。  増原は丁度小泉さんの2つ斜め後ろに座っていた。  時折顔が見える。  名前を呼ばれた時、アナウンサーの声が入っていなかったので、「ますはらよしたけくーん」というのが良く聞こえた。  記名して、投票する姿も良く見えた。  夫が東京でどんな事をしているのか、こんなときにしか見たことが無い。  私まで緊張する。  圧倒的な支持で再選された小泉さんはとても落ち着いていて、自信にあふれていた。  このような結果になったのなら、小泉さんに日本を託して、明日を信じたい。  夜の会合で、「増原さん、映っていたね〜」 と言って下さる方が多かった。  

9月22日(月)

すでに、10月10日解散、11月9日投票日、と言う日程が暗黙の了承のようになった。  いよいよ選挙。  私も夏休みなしで、とっくに古布もミシンもしまい、陶芸教室も何ヶ月もお休みして、すでに選挙モードに入っている。  今日も挨拶回り。  お昼過ぎから行く先々で 「組閣はどうなりましたか?」 と尋ねる。  皆さん大抵TVを見ていらして、いろいろと教えてくださる。  当選回数が少なくても、能力があれば抜擢される時代になった。  新大臣の記者会見では、以前は官僚が書いた紙を棒読みだったのに、皆さん自分の言葉でしゃべっていた。   質問する記者も今までのような紋切り型の質問でなく、勉強して鋭い質問をしないと、笑われる。  ワイドショウにでてくる評論家たちの考えの陳腐な事。   真の改革が必要なのは彼らだと思った。                

9月23日(火)

増原の選挙区は広島県下では2番目に広い。  島根県との県境まで広がっている。  その広い選挙区の中でも一番広くて遠い芸北町での国政報告会。  いくつものスキー場がある、豪雪地帯だ。  さすがもう夜は寒いぐらい。  立派なホールがあって、可動式で階段式の座席があって、出さないときには体育館になり、町民にとっては冬場の運動場。  増原の話は、安全保障、経済、年金、環境、市町村合併など多岐に渡る。  今、新聞に載っていることは、こうゆうことか、と勉強になるので、必死に聞いていたら、 「奥さん、えらいですな、身動ぎもせず熱心に聞いて」 と言って下さる。  壇上に座っていたら、あくびの一つや、足の組替え一つ、すこしも身動きができない。  おみやげに特産のりんどうの花束を頂き、家の中は一足先に秋になった。      

9月25日(木)

毎日毎日、挨拶回り。  歩くのは大好きで、このために、春から朝一時間のウォーキングで足を鍛えてきた。  反応もいろいろで、面白い。  突然、私みたいなのが玄関に来たら、私だってびっくりするだろうな、と思う。   この頃多いのが奥さんは外出していて、ご主人がお留守番をしているケース。  女性は家に居て、家事をするもの、なんてもう古い。  活発に活動している様子が覗える。  今日も何軒歩いた、と自分自身を納得させて寝る。    

9月27日(土)

植林した所の下草刈をしに、30名で行く。  植林の植えっ放しならば、むしろ植林しないほうが良い、と言う事で、どんな具合になっているか見に行く。  5台の電動草刈機の助っ人も一緒。  男の人も10人も参加してくれた。  植林した苗木のまわりを人の手で草刈をして、そのあと電動で刈って貰う。  電動がなければ、とてもとても全部を人の手で、出来ない。  苗木はまだか細いけれど、ちゃんと育っていたが、中には枯れてしまったり、蔓が巻きついていたり、倒れていたりしていて、時々はこうやって、手を入れてあげなければいけないことを実感する。  山野草の可愛いのが咲いていて、電動で刈られる前にそっとリュックに入れた。  電動のお陰で2時間ばかりで終了。  しっかり刈ったから、来年の梅雨明けぐらいにまた来ましょう、ということになった。  人間の背丈ぐらいに成長するまでは、面倒を見てあげなければいけない。  昼食を地元の皆さんととも賑やかにして、午後はその近辺を挨拶してまわった。  夜は、そこの夜祭に出席する。  松明を手にした武者姿の人たちの行列が何とも幻想的なお祭り。  最後にすぐ傍で花火が上がり、真上に上がった花火を、見上げながら見たのは初めてだった。  花火のかけらが頭上に降って来るようで、思わず両手を伸ばして手のひらで受けようとした。  

9月29日(月)

思いっきり転んだ。  何かにつまずいて、転んだ。  転ぶ事は予想していないから、一瞬なにが起こったかわからず、地面にうつ伏したまま、すぐには立てなかった。  ひざっこぞうが擦りむけて、青く腫上がった。  挨拶まわりで、最初のうちはしゃんと歩いて、「あー金木犀の花の匂いがもうし出した、秋だなー」 と楽しむ余裕があったのに、4時間も歩いていると、だんだん足取りもゆっくりになり、朦朧として、何かの拍子でつまずいたのだ。  情けない。      

9月30日(日)

毎日がもう選挙、選挙で、頭の中も染まっている。  そんな中、東京の友だちから電話。  ひと時忘れて、おしゃべりをした。  電話しても居ないし、ようやくつかまったとかで、長電話。  最高の気分転換。  交友関係の名簿を出して、広島の人を探して、電話しているのだとか。  有難い。  そんな援護射撃が一番効果的なのだ。  友だちからお願いされたから、というのが、何よりも強い。       

 

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