home/diary/album/hobby/profile

2004年2月

2月1日(日)

日曜日の夜、久し振りに増原に予定が入ってなかったので、友達が飲みに来た。  気の置けない人たちとワイワイがやがや。  風呂吹き大根にあなごやら、ぎんなんやら、きのこなど一杯具をのせて、とろみのついたおだしをかけた、自作「賑やか大根」をお出したら、「奥さん、美味しいねー、料理作れるんだねー」  と妙に感心されてしまった。  私だって主婦歴30年。  いつもは手抜きだけど、お客さま料理の一つや二つは大丈夫。  昔、ロンドンの大使館に勤務していた頃は毎月のように、10人ぐらいのお客さまをおもてなししていたんですもの。  

2月3日(火)

節分。  日にちが経つのは本当に早い事。  ハルカに「鬼はーそと」やった?と電話する。  先週上京した折、ハルカが風邪をひいて保育園に行かれないので子守りをした。  朝からディズニーのビデオで子守り。  ハルカのお気に入りはシンデレラ。  大ばばが買ってくれた長いピンクのスカートをはいて、すっかりシンデレラ気分。  シンデレラはオムツをしていない、とトイレに行ったり、シンデレラはおしゃぶりなんかしていない、と大事な大事なおしゃぶりを放り投げたり、成長著しい。  おまけに、「はるちゃんにも王子さま来て欲しい」       

2月4日(水)

ひろしま美術館の柳 宗悦の民具展を見に行く。  李朝のものが特に素敵だった。  「よその国の人を好きになるのは、まずはその国の文化を好きになること」 を実践した柳の言葉どおり、韓国の民具にとても惹かれて、もっと見に行きたくなった。  先人が大切に使ってきたものを受け継いでまた使う。  古今東西のそうした古き良き物、自分の好きな物に囲まれて暮らせたらいいな。  久し振りに行ったひろしま美術館の常設館の印象派の絵も、それぞれの画家の雰囲気が良く出ている絵が多く、見ごたえが有った。  それに人が少なくゆっくり見れて、満足感に浸った。  東京だとこうは行かない。            

2月6日(金)

このところ毎日、朝起きると外は雪で真っ白になっている。  日が当たらない所は凍っていて、歩くのが恐いぐらい。  今日は母の77歳の誕生日。  喜寿のお祝いなのだが、生憎私も弟も近くにはいない。  お祝いが出来なくてかわいそうだな、悪いな、と思っていたら、娘夫婦と息子がお食事に誘ってくれた、と嬉しそうな声で電話が有った。  「孫とひ孫に祝ってもらうなんて、思ってもみなかったわ!」       

2月7日(土)

2月に入って、少し自分の時間が持てるようになった。  布を出しては袋を作る。  久しぶりなので感が鈍って、とんでもない間違いをする。  縫っては解くの繰り返しでちっとも進まないし、上手に仕上がらない。  作品展をした頃は、ひょっとしたら天才かもと自負していたのに、とんでもない事。  それでもなんとか、出来上がって、久々の袋を眺めるのが嬉しい。           

2月9日(月)

雑誌を見ていたら、鍋島藩のお雛さまが素晴らしく、是非行って見てみたいと思った。  佐賀市までは遠くて5時間もかかり、日帰りツアーはありませんとのこと。  それでは自分でバスを借りて、ツアーを組んでしまおうと、計画した。  友達に話をしたら、行きたいと言う人が多く、あっという間に決まってしまった。  女性はやっぱりお雛さまが好きなのです。  行きたい方は事務所に電話ください。  ご一緒しましょう。          

2月13日(金)

増原は今週一日おきに広島と東京を行ったり来たりしている。  月曜の朝東京へ、火曜の夜広島に。  水曜日が建国記念日で休日だったので、行事に出席し木曜の朝また東京へ。金曜の夜広島へ帰ってきた。  見ているだけで、何だか体が変になりそうな感じ。  朝起きると私はどこ?       

2月14日(土)

バレンタインデイの佳き日に、秘書の一人が結婚。  式と披露宴に参列した。  新郎がメチャ緊張している。  可愛い新婦は嬉しそうに寄り添う。  若い2人の幸せが皆を幸せにする。  「思いがけず、新郎はふたご座、O型、新婦はいて座、A型、我が家と全く同じであります。  将来は我が家と同じくカカアデンカが予想されます????」 と増原がスピーチ。   いえいえ、我が家は夫唱婦随なのです。   秘書の結婚は我が子が結婚するよう。  よき伴侶を得て、よい人生を歩んでもらいたい、の一念。  もう一つハッピーなニュースが重なった。  それはインターン生が念願の法科大学院に受かった事。  自分でアルバイトをしながら学費をためて、一生懸命勉強していたので、ぜひとも合格して欲しかった。  若い人の前途に希望を感じる。

2月15日(日)

久し振りに増原と古川沿いを散歩する。  冷たい風が強いけど、日差しは暖か、春がすぐそこま来ている感じがする。  友だちの夫婦が散歩しているのと出会う。  皆、健康を考えて散歩しているのね、と話す。  梅林公園の梅は2部咲きぐらいかしら。  ちらほら咲いていていい匂いがする。  目のいい増原は中州にいた大きなねずみを見つける。  タヌキぐらいのおおきなヌートリア(?)で、ペットだったのを捨てたのかもしれない。  あんな大きなねずみだったら、鴨なんか簡単に食べられてしまいそうだし、 これから春になって、鴨の卵も襲われるだろう。  自然体系がこういう事で崩れて行く。           

2月17日(火)

今日は選挙区内唯一の村の村長選の告示日。  対抗馬が出なければ現職が引き続き10月1日の合併日まで最後の村長さんになる。  締め切りの5時を待って当選お祝いに行く。  増原は東京で委員会やら 「対北朝鮮外交カードを考える会」の一員として入港禁止法案提出などで国会で忙しくしているので、私が代理でお祝いを述べた。  この一帯は、合併して安芸太田町になる予定。  美しい棚田がある山間の村。  地域の特色を出して町として、存在感を出していただきたいと思う。             

2月18日(水)

陶芸教室の先生を囲んで、自慢の作品にお料理を盛っての、もちより会をする。  お料理もいろいろで、とても参考になるし、作品もどれも刺激的だ。  次はあんなのを、と密かに構想を練る。  皆個性的で楽しい。  話題は陶芸にかぎらず色々、おしゃべりに花が咲いた。  

   

2月19日(木)

コミュニケーションの勉強会の今日はスピーチコンテストの日。  私はお世話役なので気が楽。  5人のスピーカーの素晴らしい事。  落ち着いていて、 ゆっくりはっきり、 自分の主張をした。  いつもながら、 女性の会なのにこんなに理知的なのは凄いと思う。  順位はつけがたかったが、 一位になったたスピーカーは、 話の内容も共感できるものであったし、 所々ユーモアーがあり、 無駄なセンテンスがなくてお手本のようなスピーチだった。  主人にも聞かせてあげたいぐらい。  それに比べて、 講演を頼んだ詩人のお話はあっちへ行ったりこっちへ行ったり、 独り善がりで自分だけで楽しんでいた。  40分も話して、 「話し足りない」 と言っていたが、 聞くほうは堪らなかった。  講演をするなら、 もう少しお勉強しましょう。  

2月21日(土)

幼馴染が亡くなり、 お葬式に東京へ。  働き盛りに仕事中に倒れた。  同世代がなくなるのは辛い。  残された家族も未だ若く、 ご両親もさぞ辛い事だろうと思う。  昔一緒に遊んだ友達たちと久し振りに会うが、 こんな時に会うのは本当に辛い。                 

2月24日(火)

私が朝起きる6時ごろ、 息子が帰ってくる。  今日は遅いというか、 早いというのか。  大体が午前2,3時に帰ってくる。  時には徹夜で仕事をして、 2,3時間寝て、 お風呂に入ってまた仕事に行く。  昔の増原も同じだったのを思い出す。  眠たいらしくてひどく機嫌が悪い。  言葉も掛けられない。  公務員というと、 夕方5時には帰るもの、 と思っている人が多いが、 とんでもない、 安月給でこき使われている。  仕事は知力より体力なのだわ。 

 

2月25日(水)

東京で増原の励ます会をする。  広島での会と違う所は、 私たちの友だちが沢山来てくれて、 同窓会みたいな感じ。  それに国会議員も沢山みえて威勢がよく、 賑やかなこと。  西川京子先生の司会は手馴れていて素晴らしく、 会をいっそう盛り上げてくださった。  話題の後藤田先生は近くで見てもやっぱりハンサム。  おなじみの先生方と携帯でツーショットを撮ったり皆楽しんでくださった。  中締めのときまで、 沢山の方が残って下さっているのは広島と同じ。  お陰様で盛会でした。  増原の話もとても格調高くて良かったと皆様に誉めていただいた。  大エヴェントが一つ終ってホッとしました。  

                

2月27日(金)

最終便で増原と一緒に広島に帰る。  同じ飛行機に他の議員の先生も沢山乗っていらした。  夕方の6時まで委員会に出ていると、 7:30の最終便にぎりぎり間に合って、 9:00に広島に到着、 家にたどり着くのは10:00近く。  それから御飯を食べる。  こんなに遅く食事をするのは体に悪いと思うけど、 軽く湯豆腐で済ます。  毎週毎週帰ってくるのはたいへんだな〜と思う。     

 

>>>> Home