|
5月5日(水)
この連休中、日中友好協会との意見交換で中国に行く増原についていった。 中国は凄い! の一言。 北京は2008年のオリンピック目指して大改造中。 一人3本の植林が義務とかでみどりの都市に変身しつつあった。 上海は東京以上の超近代都市で、空港まで30kmを5分という速さのリニアもある。 携帯、コンビニ、大ショッピングモール、日本と変らない。 人々の顔もなごやか。 通訳の若い女性の洪さんは北京で日本語を学んだのに、きれいな日本語を話し、色々な質問にも的確に答えてくれた。 中国にも3%の消費税があるとか、所得税も累進課税で最高で10%だとか、犬の戸籍が有り、それを得るのに14000円も掛かり、鑑札がないと処分されるとか、インターネットのチャットに堂々と政府の批判が出るとか、一人っ子政策のため今後超老齢化社会になるとか、などなど。 興味が尽きず、何だか中国フリークになりそう。
5月7日(金)
中国に行っている間に、友人のご主人が亡くなくなったので、広島空港に着いたその足でお悔やみに伺う。 ついこの間定年を迎えて、さあこれから自由に遊ぼうと思っていた矢先の出来事で、その思いがけなさに驚愕かつ残念に思う。 残された彼女はこれから一人でどうしていくのか、我が身と置き換えて考えてしまう。 友だちとしてどうして貰ったら一番うれしいだろうか。 今までどうり、何かと誘ってみようと思う。 気丈で超明るい彼女の事、早く立ち直ってもらって、また一緒に笑い転げたい。
5月8日(土)
ある地区の女性会の集まりに、また古布での小袋出前教室する。 このために連休前から、キットを沢山作っていたのでどうにか間に合った。 1時間ぐらいでできる簡単な袋だが、やっぱり30人もの人に教えるのは大変で、声を張り上げて何度も繰り返し説明するのに汗だく。 おまけに絹の生地は目が詰んでいて針が中々通りにくい。 段々腕が痛くなり、顔も歪んで来た。 でも出来上がると、なんとも可愛く、皆うれしそう。 今日は早朝の散歩で足を伸ばしたフリーマーケットでちょっとした収穫があったし、午前中は乳幼児のオープンスペースのボランティアで沢山の子供たちと遊んだし、午後は出前教室をして、充実した日。 夜、早々に眠れた。
5月9日(日)
議員の国民年金の未払いが尾を引いている。 よほど複雑な制度みたいだ。 うっかりミスと言っているが、自分の老後の年金は重大なこと。 払ってなければ貰えないだけなのだが、国民に皆年金をお願いしているのだから、政治不信が広がるのも致し方ない。 増原は26年間勤めていた大蔵省では共済年金、その後は国民年金に加入している。 今日も増原と年金手帳を取り出して、確認した。 手帳には国民年金に加入した年月日だけが記載されている。 社会保険庁にも確認したがきちっと支払っていて、未納の期間は無い。 年金の支払いは、私が毎年、一年分を区役所や銀行に納めに行っていたので、良く覚えている。 誰かさんもあれこれいう前に、しっかり確かめればよかったのに。
5月11日(火)
植林を来月6日にする事になった。 前の2回は太田川の源流の芸北でしていたが、この3区の選挙区の中には島根県に流れる江の川の源流もあって、こちらでもして欲しいという、要望があった。 それで今年は江の川の源流の大朝町でする事になった。 森林組合が良い場所を探して、提供してくださった。 今年はちょっと大きい木で100本植える。 そのお知らせを出すので、事務所で一仕事。 準備はなんでも大変だ。 でも来月が楽しみ。 お天気でありますように。
5月12日(水)
女優さんと結婚した国会議員の新居がどこになるのかと、マスコミが騒がしい。 やっぱり地元だと思う。 なにしろ、有権者の方たちは我が町に一緒に住んでこそ我が代議士と思っているから、地元に住んでいないなんて、とんでもない事。 住んでいても、借家なんてとんでもない事。 「地元に持ち家が無いなんて!!」 と言われて増原も大借金をして、家を買った。 国会議員は身分保証が無いので、住宅金融公庫からローンを借りれない、ということも分かった。 不安定な職業なのだ。
5月14日(金)
大変お世話になった方が入院したのでお見舞いに伺う。 大手術を受けたというのにとても元気にして居らしたので安堵する。 最近は高齢でも術後すぐに歩く練習をし、寝たきりにならないようにするとか。 なるべく早く普通の生活に近づけるようにするそうだ。 それに1ヶ月ぐらいしか病院に居られず、家に返される。 家に帰ると、老老介護になるので、家族の大変さはひとしお。 そういうときに介護保険は使えるのかしら? いつかは我が身に、と両親を思う。 その為に勉強しなくてはと思う。
5月16日(日)
上田流のお茶の流祖、上田宗箇の法要が京都大徳寺の三玄院で行われた。 朝早くから新幹線に乗って、雨の中伺う。 非公開のお茶室、篁庵で、当時の書状が掛け物に、宗箇自作の茶入れなど、戦国時代の武士たちにとって茶道がどういう意味を持っていたかに思いを馳せた。 雨にぬれた苔むしたお庭の向こうに古田織部のお墓もあった。 せっかくの京都だからと、今開催中のパリ、マルモッタン美術館の印象派の絵を見たり骨董街を歩いたり、1日文化に浸った。
5月17日(月)
21日の金曜日にフリーマーケットの第2回目をするので、たくさん提供していただいて、前回は大雨で出せなかった衣類を整理する。 冬物夏物に分けて、冬物は今の時期売れないだろうから又箱に詰めて取って置く。 夏物や小物は、種類別に分けて、また運べるようにしておく。 一人でできるだろうとたかをくくって居たのが間違いだった。 やってもやっても衣類の山はなくならない。 腰が痛くなった。 やっぱりみどり会に頼るのが一番とつくづく思った。 次回はお願いします。
5月18日(火)
昨日の続きの衣類を片付けて、植林の下見に大朝町に行く。 ちょうどお天気になって、道中の新緑が美しい。 田んぼも一杯に水がはってあって、所々まだ田植えがすんでないところもあるが、太陽に反射して美しい。 飛行機から見えた中国の田んぼも同じく美しかったのを思い出した。 寒曳山のスキー場に100本の桜を植える予定で、今週末から地元の皆さんが機械を入れて植える穴を掘ってくださる。 100本もの桜が咲くようになったら、大朝の名所になるかもしれない。 この植林もたくさんの方たちのお力を借りないと出来ないもの、と痛感する。 地元の後援会のお世話役の方と、当日の段取りを打ち合わせて、大朝町ならではの楽しい一日になりそうでワクワクする。 お天気でありますように!!
5月19日(水)
安佐町の静かな山間に古い家屋をご自分で時間をかけて改造し、とてもステキな空間にした支援者のお宅に招かれた。 まるで雑誌にでてくるような室内と趣味の良い調度品で、心地のよさににため息が出てくる。 以前は廃屋のように荒れ果てていたそうだが、昔のがっちりとした骨組みは残して、床や壁を新しくなさったとか。 大きなガラス窓から見える、段々畑やお庭は四季折々が楽しめそう。 今日は雨にぬれた新緑が美しかった。 今日ここで初めて出合った人たちも、何かしらご縁があった人たちばかりで人の繋がりの不思議さを感じた。 お昼には近くで採れた山菜ずくし。 時が不思議にゆっくりと流れている感じ。 こういう生活が一番贅沢かもしれない。
5月20日(木)
急にお葬式が入り、予定していた会合に行けなくなった。 ドタキャン。 会の方たちには申し訳ないことだが、致し方ない。 予定が付かない生活をしているのが、とっても窮屈。 習い事や、定期的にある会には中々出席できない。 そういえば陶芸教室にも久しく行っていない。 増原をサポートする事柄が第一優先事項。 自分のことは二の次になってしまう。 小さなため息。
5月21日(金)
良いお天気! 今日はフリーマーケットで衣類を売らなければいけないから、晴れて超ラッキー。 虫干しも兼ねて、衣類は日が当たる所におく。 こんなの着る人がいるかしら?と思うものも結構売れて行く。 何せ一つ300円なのだから。 私も3つほど買った。 景品や使い古しののコップやマグも、「お持ち帰りください」 と書いたダンボールに入れて置いたら、すっかり無くなっていた。 新品でなくても、物がちゃんとリサイクルして行くのが良く分かる。 10時から3時までやって、売上は90,988円でした。 前回とあわせて143,043円、皆様ご協力有難うございました。 冬物がまだたくさん残っているので寒くなったらまたする予定です。 不要品を提供してくださった方、本当に有難うございました。
5月22日(土)
朝からTVに釘付け。 どんな結果になるのかドキドキする。 劇場型政治に慣れてしまっている私たちにはちょっと物足りなかった。 それが今回の外交交渉の評価を左右する。 結果が出なかった拉致家族会の評価は 「最悪」。 小泉さんは政治生命を掛け、あるいは命を掛けて、(まだ北朝鮮とは平和条約が結ばれていない) 拉致被害者のために努力して来たのに、「有難う」 の一言も無く、口々に感情的な非難をいうのを聞くと、政治家って一体なんだろうと思う。 「政治は結果」なのだから致し方ないのかしら。 ともかく、爽やかなお子さんたちを見ると、「良かったなー」 と思う。
5月23日(日)
朝から気持の良いお天気。 日曜が、2週続けて雨だったので、順延されていた各地区の運動会が一斉にある。 増原はそれを一つ一つこなして行く予定。 私は安芸高田市の一番端にある地区の花田植えに行く。 夕方から、県立美術館の 「日本のおしゃれ」 展に行く。 今日が最終日で、滑り込みセーフ。 主に大正時代のきもの展だが、昔の人って本当におしゃれ。 でもお金が無いとこんなオシャレはできないわ、とため息。 極めつけはカシミール織の大判スカーフをきものに仕立て、帯は正倉院柄。 一体どんな人が作って、どんな人が着ていたのかしら?
5月25日(火)
久し振りに、ハルカの子守り。 久しく会わないうちに、ハルカは大きく、可愛くなった。 それにおてんばに。 「ママは?」 「ママがいいの」 も連発しなくなり、助かる。 もう来月3才だもの。 あっという間に大きくなるものだな〜と、感慨もひとしお。 保育園はズボンしかはいて行かれないので、着古した、よれよれのを着て来たのは娘の戦略かな? 早速ハルカと一緒に洋服を買いに行く。 可愛い洋服が幾らでもあるのに、何で着せないのかしら、と 可愛いワンピースを幾つか買う。 私が子育てしていた頃はこんな可愛いのは売っていなくて、リバティープリントにスワトウのハンカチで襟をつけたり、シャーリングしたりしてワンピースを自分で作って着せていたのに、とブツブツ。 帰りに公園へ。 高いところが好きで、何回も滑り台に登る。 「ばーば、見て!見て!!」 家で、でんぐり返しを教えたら、「もう一回」 「もう一回」 と飽きずにしている。 ハルカはおてんば。
5月27日(木)
実家の両親がどうしても用事があって行きたいと言うので、八王子の先まで私が車を運転して行く事になった。 高速道に乗っていかなければならないので、困ったな〜。 何年か前に、高速道運転中、気分が悪くなって路肩に止まってしまった事がある。 その時の恐さがトラウマになって、それ以来、高速道を運転していない。 高速道に限らず、渋滞していたり、赤で止まったりすると、心臓がドキドキして、脂汗が出てくる。 「今、気分が悪くなったらどうしよう!!!」 という脅迫観念があるからだ。 最近体調はいいし、親のたっての願いだし、そろそろトラウマから脱したいし、意を決して行く事にした。 往復4時間、恐ろしい首都高に乗って中央道を行った。 無事に帰れた。 しまった! これから度々運転手させられそう。
5月28日(金)
増原が地元で会合があって出席できないので、後藤田さんの結婚報告会に代理で出席した。 もちろん花嫁さんを見たいが為。 ひょっとしたら、他の芸能人も見られるかもしれないという、下心もあった。 花嫁の女優さんはやっぱりうつくしい。 皆、美男美女にうっとり。 励ます会もこれぐらい人が多ければ嬉しいし、知名度抜群で選挙も安泰。 幸運の花嫁さん。 残念ながら、私が見たかったセレブには会えなかった。
5月29日(土)
広島に帰る飛行機で、ご近所の民生委員の長をしていらした方に 「増原の奥さん!」 と声を掛けられた。 いまだもって全国を講演をして歩いておられる。 月曜の朝もまた上京するそう。 「もう80も近いというのに、声を掛けていただき、こうして元気で講演ができるのはありがたい」 と仰るが、 いつもお話は面白くてお上手だし、お元気で何より。 素晴らしいの一言に尽きます。 何時までも頑張って皆さんに元気とやる気を起こさせていただきたい。
|