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2004年10月

10月1日(金)

やっと10月になったのに日差しが強く、まだ暑い。  朝の散歩にちょっと出遅れて、8時に出かけたら、「シマッタ、日焼け止めを塗ってくるんだった」 と後悔するぐらいだった。  でも季節は確実に変わって、ススキが生え、コスモスが咲き、山の色も変って来た。  どこからともなく金木犀のいい匂いがして、「あ〜あ、秋だなあ〜。」           

10月2日(土)

イチローが大記録を作ったのに大感激し、涙した。  いとも簡単に第1打席で記録を出し、それまでの緊張から解き放たれたように、次々にヒットを重ねて、記録更新。  並大抵でない努力の結果だと思う。  昔のサムライ、いや、修行している禅坊主の風格がある。  若い人に 「日本人として誇りに思う」 とか、「自分も頑張りたい」 といわせるほどの、素晴らしい人だ。  「わくわく、どきどき、時には胃痛を起こすほどの緊張感無くしての選手生活はつまらない」 という言葉からも、勝負の世界に生きて、常にチャレンジしているのが分かる。  年若いイチローに人生の生き方を教わったようだ。           

10月3日(日)

先日オープンした隣のショッピングセンターの初めての週末で、近辺の道が混み、家に車でなかなか帰れない。  前から分かっていた事だが、特に夕方が混んで、困った事に。  一度ショッピングに入ってみたが、人が多く、広くて、どこに何があるのか分からず、疲れてすぐ帰ってきてしまった。  それで今日のお使いは、行き慣れたいつもの小さな市場へ行った。  どこに何があるか頭に入っているし、物が沢山で選ぶのに困る事も無いし、ちょっと遠いけど慣れた所へ。  雨が降っても濡れずに行ける隣のスーパーだけど、まだ慣れるには時間が掛かる。  それにしても、売り出しの目玉がティッシュペーパーや洗剤なのが面白い。  皆、大きな箱をいくつも抱えて持って帰っている。 

10月5日(火)

呉まで香合の展覧会を見に行った。  フランスの元首相、クレマンソーのコレクションの3000点の中の500点が展示されていた。  500点でも、ものすごい量で、3000点とは良く集めたなあ、という感じだ。  この間見た、竹篭のコレクションといい、こういう日本の伝統工芸の中でも良いものが大量に海外に流出してしまって、本当に残念。  でも海外の理解あるコレクターの手元にあって守られていると思えば、それも良かったのかもしれない。  そして、海外で日本の文化が高く評価されている証拠でもある。  香合は小さくて、色々な形があって、楽焼、京焼、染付けなど様々でとっても楽しいものだ。  昔の人の意匠、遊び心、洒落が伝わってくる。   カタログを何回も見て楽しんでいる。        

10月7日(木)

ニュースで聞くオレオレ詐欺が身近に起こったのでびっくりした。  友だちの所に昼間電話が掛かってきた。  警察官からで、 「ご主人が交通事故を起こしました」 という知らせ。  被害者がとても良い人で、今示談にすれば経歴に残らない、という。  ご主人はかなり動揺していて、泣いており、電話口には出るが、しゃくりあげてばかりいたという。    今すぐ振り込めばご主人の事故にはならず、家族には電話させまいと色々と言うらしい。  ニュースで聞く通りの手口だ。  普段、とってもしっかりしている友人だが、いざというと動転し、早く振り込まねばと、思うようになるのだから、よっぽど電話が上手らしい。  「おかしいな」 と思うところが全く無くて、すっかり信じてしまったと言っていた。  最後には事なきを得たのだが、最近はお年よりではなく50代の主婦が被害者が多いらしい。  ご用心、ご用心。                         

10月8日(金)

食欲の秋だ。  新米が出て、松茸とは言わないがきのこ類が美味しい。  あったかいおでんや鍋物が食べたい。   伊豆に住んでいる友達が 「臭いものですが」 と銀杏を沢山送ってくれた。  大感激。  フライパンで焼いて、とっておきの雪塩をちょっとつけて食べる。  おいしい!!!  こんなに沢山送ってくれた友だちの手間隙を考えるとさらにおいしい。  おなか一杯食べてみたいと思ったが、案外食べれないものだ。  ちょっこと、でてくるから美味しいのだ。  大事に食べようっと。 

10月12日(火)

歯が凍みるので、虫歯が出来たと思い、昔から通っている歯医者さんに行った。  強く研きすぎたので、エナメル質が無くなって神経にあったて凍みるのだという。  子供みたいに歯の磨き方を教わった。 そーっと、ゆっくり、カシャカシャ音がしないようにやさしく研くのだという。  せっかちで、雑な性格から直さないといけないみたいだ。  

                      

10月14日(木)

国会ツアーにいらした方々を衆議院の前でお出迎えをする。  皆さん元気で到着。  今日は14:00から本会議が始まるので、それまでに見学を済まさなければならず、早速案内をする。  まずは衆議院の本会議場。  今日は国会が始まったばかりだから、小学生やら大人の見学者が多い。  外は殺風景な国会議事堂だが、中は素晴らしく手が込んでいて、歴史を感じる。  時々議員さんたちとすれ違うが中には見知った議員さんもいて、皆さん喜ぶ。  ぐるぐる見学して、外に出て、正面玄関の前での記念撮影に増原がやっとジョインできた。  先日から総務省の政務官になったので、総務省のその部屋も見学した。  その後、ホテルにチェックインして、自由行動。  希望者だけで大江戸博物館に行く。  それまでの道中が東京の観光コースだ。  皇居の二重橋を見、レンガの東京駅、大手町のビル群を通り隅田川を渡って、国技館の隣まで。  博物館は私も行きたかった所で、興味深く見学した。  夜は子供さんや親戚の方たちと一緒にお食事する方もいて、それぞれ夜の東京の町に出かけて行った。  私は何人かと今話題の忍者レストランへ。  いろんな仕掛けのある忍者屋敷で、忍者の格好をした人がサービスしてくれる飛び切り面白いレストランだった。  わーわー、きゃーきゃー大いに騒いだ。  お食事もこんなテーマパーク的レストランなのに美味しくて皆大満足。  楽しい第一日でした。      

  政務官室にて。窓の外に東京タワーが見える

10月15日(金)

朝9時にホテルを出発してバスで軽井沢に向かう。  8日ぶりの晴天で雲ひとつ無い。  なんて皆さん心がけが良いのだろう。  関越道から富士山がくっきり見える。  しばらくすると榛名山や妙義山、赤城山も見えた。  碓井峠を越えたら、軽井沢。  高原らしい景色が広がる。  流行のアウトレットに行ってお昼を食べる。  軽井沢らしい別荘が木立の中に見えるが、なんだかかび臭い感じがして、「こんな別荘なら要らないわ」 という声も。  鬼押し出しから見える浅間山は白い煙を出してはいるが、とっても穏やかで噴火したばかりとは思えない。  ごつごつした溶岩が固まった岩が一面にころがって面白い。  浅間山から草津温泉までのなだらかな傾斜のパノラマも素晴らしい。  ホテルに着いて、夜は寒いからと、明るいうちに町中の湯畑を見に行く。  硫黄と湯気が立ち上り不思議な光景だ。  夜は6時から宴会場で大宴会。  カラオケもあって、のどを競った。  何回もお風呂に入る人、寒さにめげず夜のライトアップされた湯畑を見に行く人、部屋で修学旅行以来の枕投げする人。  日常から離れるのはいいな。    

参加者最高齢85歳のお母さんと親孝行の娘さん

10月16日(土)

最終日。  まず白根山に行く。  標高2000m、すでに紅葉が美しく 色とりどりで、 火口までの幾重にも重なったヘアピンカーブの道中で、カーブを曲がるたびに異なる美しい風景が広がり、歓声が起こる。  火口では前日に降った雪がまだ残っていて、エメラルドグリーンの火口湖とのコントラストがきれい。  遥か彼方に白い雪をかぶった北アルプスの穂高や槍岳、その奥に白山まで見えて感激する。  日本も美しい。  徐々に下って、今度は榛名湖へ。  ひっそりとした湖に榛名富士が映える。  湖畔に竹下夢二のアトリエがあった。  そして水沢観音へ。  お昼に名物のおうどんを頂いて、一路羽田へ。  このたびの旅行はお天気に恵まれ、選挙区内のさまざまな所からの参加者もお互いに親しくなり、とっても楽しかった。  「帰りたくないわ〜」 という方がいた位。  今回のツアーに行かれなかった方たちが沢山いたので来年、新緑のころにまた企画する予定です。  ご一緒するのを今から楽しみにしています。  「奥さん、気を使ってたいへんだったね」 といってくださる方もいたが、私が一番楽しんだのかもしれない。  実は31年前の今日、新婚旅行で行った同じ所を、後援会の皆さんと一緒に思い出旅行をしたのだから。      

榛名湖畔にて

10月17日(日)

増原は政務のため、朝一番の飛行機で上京した。  今日は久し振りの晴天の週末で、各地でスポーツ大会が開かれ、その挨拶に私が行く事になった。  ソフトボール大会や老人連合会のスポーツ大会など、来賓としてご挨拶するのだが、これが何時までたっても苦手で、今朝は疲れのためか口が良く動かなかったので落ち込んだ。  午後からは私が個人的に応援している作業所のバザーに行くが、法人化できなかった経緯をお聞きし、何もお手伝いできないもどかしさに、これまた落ち込んだ。                

10月18日(月)

増原が政務官になって、国民健康保険から共済健康保険に代わったので、区役所に行って手続きをする。  では年金も変わります、というので手続きしてしまったら、 「特別職の国家公務員の国家公務員共済組合への加入は短期給付(医療保険)のみであり、長期給付(年金)には加入しない制度となっております。  このため、国民健康保険と合わせて国民年金からも脱退すると、国民年金に未加入の状態となってしまいます。  以上の点をご理解の上、各市区町村国民健康保険担当者におかれましては、国民年金からの脱退手続きを行わないようご留意方よりしくおねがいします。」 と手続きの手順を記した紙に書いてあるだろう、と増原におこられた。  よく読まなかったせい。  未納になってしまうところだった。  また区役所に行ってやり直してもらった。  これで多くの議員が未納期間が生じてしまったのかと、納得した。        

10月20日(水)

またまた超大型台風が来た。  雨も風もひどく、全部キャンセルして家に引きこもる。  で、久し振りに一日中参議院の予算委員会を聞いていた。  昨日は衆議院の予算委員会があって、ニュースで見ると民主党が一方的に政治資金の問題を責めて、一方通行の議論で終始していて、いろいろな問題があるのに、不毛だな、と思っていた。  しかし今日の質問は民主党からも自民党からも色々な政策についての意義があるもので、総理はじめ各大臣は真摯に答えて、政府の考え方も理解できたし、政策的に前進するものであったので安堵した。  やっぱり建設的な議論を聞きたいものだ。         

10月23日(土)

長岡で大きな地震があった。  東京の母や娘に電話すると繋がらない。  夜遅くやっと繋がって、東京でも相当揺れて、恐かったらしい。  水のボトルと懐中電灯は必需品、それにお風呂の水はいつもとって置くように、と、気休めだけど言った。  台風も恐いし地震も恐い。  大きな余震が続いていて、今夜の被災地の人々は寝られないだろうな、、、       

10月26日(火)

秘書の一人の実家が長岡で、丁度この週末帰っていたという。  幸い被害は無かったらしいが、中々東京に帰ってこれない、交通の便が無いのだ。  日が経つと、いろいろな被害が分かって、大変な地震だった。  余震も大きいのがまだ続いている。  3年前の広島でも震度5、という地震があって恐かったのを覚えている。  ゴーッという地鳴りがして、家がビシッビシッと振動する音、山が土ぼこりを上げて崩れる音。  揺れも恐かったが音がすざまじかった。  奇跡的に助かった男の子、皆の救いだった。   

10月30日(土)

久し振りに増原のミニ集会に同席した。  皆さんの関心はやっぱり年金問題。  老いも若きも疑問だらけのようだ。  現在もらっている人はこれからもずっともらえるかどうか。  これからもらう人はちゃんともらえるかどうか。  人生設計に関わってくるので、重大だ。  今の年金は世代間での支え合いで、今もらっている人は納めた以上にもらっていて、足りない分はこれからもらう人が納めた分で補っている。  これからもらう人がもらう時には少子化で、納める人が少なくなるのでシステムを変えなくてはならなくなる。  増原の考え方は、基礎年金は全部消費税で賄って、上乗せする報償部分は持ち歩けるK401型にする、というものだ。  そうすれば未払い、未加入問題は無くなり、上乗せ部分は転職しても、主婦であっても、パートでも、フリーターでも不公平感がなくなる。  年金はあくまでも社会保険の一部と考えたほうが過大な期待を抱かなくて済む。  保険であるという視野が私たちに欠けているのだ。  少なく掛けている人は少ししか、多く掛けている人は沢山もらえる仕組み。  後は一人一人の自己防衛、自己責任だ。  先日乗ったタクシーの運転手さんに 「年金沢山もらいたいね」 といわれてふと思ったこと。  私が沢山もらわなくてもいいのだ。  本来ならば老いた両親の金銭的な面倒を、子供の私がみなければならないところ、年金のお蔭でみないで済んでいるのだから。  それで浮いた分を自分の老後のために、自己防衛のために貯めておけばいいのだ。  過大に国に面倒をみてもらうようになるにはそれこそ、スウェーデンのように所得税と社会保険料が70%、消費税が25%という国になってしまう。  そういう国になりたいのか、私たち国民のヴィジョンが問われる事でもある。  それにしても、お金は貯まらない。           


 

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