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2005年2月


2月1日(火)

広島が大雪に見舞われた今日、増原と私にとって、とても大事な方が亡くなったとの知らせが入った。  無所属の時、もう後がない2回目の選挙で選対本部長を引き受けてくださった。  その方が引き受けてくださったお蔭で、雰囲気がガラッと変わって当選した。  いわば恩人。  増原と私をとても可愛がってくださって、私たちもそのお人柄が大好きだった。  お年を召しているのに、ハンサムで、スマートで、やんちゃで、手品の種を何時も持っていらして、思わぬ時にその手品で私たちを楽しませてくださった。  もう一年ほど臥していらして、2週間前にもお見舞いに伺ったばかり。  この土地を愛し、人々のために色々と尽力なさった。  本当に本当に有り難うございました。  心からのご冥福をお祈り致します。  寂しい限り。       

2月3日(木)

日頃歯を食いしばって?暮らしているせいか、時々あごが痛くなる。  噛み合せが悪くなって、食べれなくなる。  食べれないのはとっても良いのだが、頭痛がし、首も肩も凝ってつらい。  で、歯医者さんに行くのだが、それがもう30年来通っている東京の歯医者さんまで行くのだから大変。  どうして広島で行かないのかというと、以前全然知らない広島の歯医者さんが私の噂をしていたと言うのを聞いて、私の口の中を見られたら、どんな噂をされるのか、ちょっと恐いので。  乙女心は傷つきやすいのです。              

2月4日(金)

夜中のTVで、ある地方都市の成人式をドキュメントしていた。  成人になった子供たちに家族が手紙を書き、それを舞台で発表するのだ。  家族それぞれの思いがあって、色々な手紙がある。  「振袖姿なんか見たくないんだよ、、、親父より」 「私のところに生まれて来てくれてありがとう、、、母より」 などなど。  大事に育てられたのが子供たちにも伝わり、感動的だった。  涙がぽろぽろ出た。  我が子供たちの成人式はどうだっただろうか?   娘の時は振袖を作ったり、写真を撮りに行ったりして大騒ぎしたので、よく憶えているが、息子の時はトンと思い出せない。  増原が浪人中のことでもあり、成人式どころではなかったのかもしれない。  息子が高2の時からほったらかし。  彼はうざい親がそばにいなくて良かったらしいが、以来常に息子に対して何もして上げられなかったというひけめがある。  せめて私も手紙でも書いておいたら良かったのにと思う。  

2月5日(土)

またもやお葬式。  寒い日が続くので亡くなる人も多い。   何時も良くして頂く支援者のご主人が脳出血で亡くなった。  あっという間の発作で、帰らぬ人になってしまうのは心の準備が出来ていないのでつらい。  残された家族のこれからの精神的な立ち直りが大変だと思う。  心からのご冥福をお祈り致します。  

2月6日(日)

夕方、時間が空いたので、増原と隣の映画館に行く。  「オペラ座の怪人」 昔ロンドン勤務をしていた時、初演され、2人で見に行った。   それ以来、増原はクリスティーヌの虜に。  カセットを買ってよく聞いていた。  4年前にまだロングランしているのをまた見た。  それが映画になって近所で見られるなんて。  大きなシャンデリアが落ちて来る迫力は満点だし、きれいな旋律の音楽も堪能した。  そういえば名古屋にいた時クリスティーヌ役の歌姫とドミンゴのコンサートがあって、コンサート後のパーティーで撮った、私はドミンゴと、増原は歌姫との、ツウーショットを家宝にしている。      

2月7日(月)

生け花の華展へのお招きがあり、見に行った。  昔、花嫁修業として生け花をして看板まで持っては居るが、ずーっと「花より団子」 の生活をしていたので、めったに活用した事はない。  支部長さんが色々と説明をしてくださり、大きな古典形には小宇宙があることや、見事な松も繋ぎ合わせて枝振りを作ることも知った。  伝統文化を未来へ繋ぐため子供たちの教室に力を入れていて、国からの補助金が出ていることも。  それにしても生け花は繊細で手間が居る。  出展していた友だちは枯れそうな花を取り替えに日に何度となく花屋に走っていた。  とはいえ、その繊細な気遣いが重要で、何事にも通じる。  気遣いのある日々を送らねば、と反省。          

2月8日(火)

鬼のいぬまに、これぞと、部屋一杯に布を広げる。  知らぬ間に?増えた着物の布を整理する。  時間のあいまに解いた着物を洗濯し、アイロンを掛け、反物ごとに括り、色別に分ける。  袋を作るまでに、結構な時間と手間が掛かる。  でもこの時間が幸せ。  布を触っているとなぜかしら心が落ち着く。  嫌な事、心配事、どうにもならない事、全てを忘れて没頭する。  今まで何度となく布のお蔭で救われてきた。

2月10日(木)

お鮨が大好物。  おすし屋に行って食べるのも嬉しいが、一人で行く訳にも行かない。  でも、近所のデパートの食料品売り場の持ち帰り寿司が飛びきり安くて美味しいのでしょっちゅう買って帰る。  ご飯も美味しいし、ねたも大きくて新鮮で、しかも一番小さいのが500円。  ウキウキと買って帰る。  古伊万里のお皿に載せたらすごいご馳走になる。  お客さまにもお出したりする。          

2月11日(金)

近くの毘沙門天の初寅祭。  例年は下から急な坂を30分ぐらい歩いて息を切らしながら上まで登ってお参りをするのが、今年は増原のスケジュールが混んでいて、時間がなく、途中まで車で登った。  「ご利益が薄れるわね」  3連休でお天気が良かったので、かなりの人出。  世話役の地元の皆様は嬉しそう。  上で何時もぜんざいを食べるのを楽しみにしているのに、今日はもう早々と売り切れ。  残念でした。 

2月12日(土)

世の中は3連休なのにこういうときに休んでいる議員は居ないと思う。  出たり入ったり忙しい。  ちょっとでも時間があると寝ている。  増原は良く眠れる人だ。  どこでも、いつでも。  それが元気の秘訣みたいだ。  それに結構サプリメントおたくで、何かしら飲んでいる。  あれ買っといてとか、今度こういうのがあるから買ってみてと、注文が多い。  それをきちんと毎日飲む。  それを見ていて、こっちは天邪鬼の虫がむずむず、飲みたくなくなる。  普通は夫婦一緒に片方が飲むからつられて飲むのに。  きちんとしているのを見ると、逆をしたくなる。  密かなる反逆。   

2月13日(日)

増原がお酒を飲んで帰ってくると、いびきが凄くて眠れない。  「ガアガア〜」 本当にうるさい。  時々音がしなくなり、無呼吸状態になるので、揺り動かしたりする。  するとまた 「ガアガア〜、ガアガア〜」 と始まる。  無呼吸が心配で眠れやしない。  これで体の調子が崩れる。  翌朝、注意すると 「君だって 凄いよ!」 ???  

2月15日(火)

自民党の代議士の奥さんの会があって上京する。  会場に行くとたくさんの報道陣が来ていて、小泉総理がみえるという。  総理のご挨拶は川柳をまじえての楽しいものだった。  「まだ寝てる、帰ってみれば、もう寝てる」奥さんが多い中、皆さんは  「家事育児、冠婚葬祭、寝る暇なし」ですね、と持ち上げてくださった。  「国会がある日の昼食はおにぎり3コと決めている」 ということも披露してくださった。  各テーブルを回られて一緒に写真を撮って帰られた。  会で挨拶なさった先輩議員の奥さんたちも、内輪の会のせいか、とても率直なスピーチで共感を呼ぶものだった。  近くに座った方々とお話したが、それぞれの選挙区事情があり、皆さんとっても大変そうだった。  ああこれからも楽になることはないのだなと、自覚した。  それにしても、生き生きした個性的な方々ばかりで勉強になった。      

2月16日(水)

増原と著名なエコノミストのご夫妻と会食をした。  久し振りに会ったので昔話に花が咲いたが、やっぱり会話がいつものように刺激的で、脳の活性化になって面白かった。  世界中を回って経済を分析していらっしゃるので貴重な情報を教えて下さるし、今話題の 「堀江モン」 の話もしてくださった。  「増原さんは随分官僚の時よりも丸くなったね」 「はい、苦労が多いので」 「昔は攻撃的だったけど」 「今もそうです」    

2月18日(金)

朝起きると、嫁に行った娘と孫、それにまだ自立していない息子も居て、「みんなが一つ屋根の下に居るなんて、久し振りだね。」 と増原が嬉しそうに言った。  東京に居るならハルカを看て、と昨日の夜連れてきたのだ。  いつも残業の時、向こうのお母様に看てもらうのだが、続くと心苦しいらしい。  働く女性が一番心を砕く問題は育児。  どうにかして応援したいと思っているのだが、何せ遠い。  せめて上京した時は看てあげたいと思う。  来月はまた海外出張があるらしくて、当てにされている。      

2月20日(日)

寒くて、ずっーと散歩をズルしていたのだが、今月は東京との往復が多くて体がしゃっきりしないので、思い立って太田川までウォーキング。  可部や沼田の方は雪雲が掛かっていたが、ここは晴れている。  時折、雪がちらつく中、せっせと歩く。  気持が良い。   途中、100円ショップに道草。  ミシンの針を買う。  ついでにお隣のユニクロにも。  部屋着を買う。  「やあ、奥さん!」 と郡部の支援者にばったり。  「こんなところに来るんですか!」 「そうなの、大好きなの」 しばし立ち話をする。   帰り道でも何人もの人に出会い、声を掛けられた。  すでに梅の花が咲き出し、良い香りが漂っていた。  春はそこまで。    

2月22日(火)

袋の新作を作っている。  横長バッグが流行っていると言うので、横長に。  出来栄えが良く、一人でにんまり。  調子に乗って幾つか作って、試しに使ってみる。  使ってみないと分からないものだ。  不具合が分かった。  ちょっと使いにくいのだ。  格好だけ良くてもダメ。  実用的でないと。  だから袋は奥深い。  たかが袋と侮ってはいけない。             

2月24日(木)

大先輩の奥様にお呼ばれする。  たまには美味しいものでも食べましょうよ、と誘ってくださった。  広島にきたときから励ましてくださり 色々と教えてくださった。  何よりも率直なお人柄が大好きで、ああなりたいものだと何時も思う。  久し振りのフランス料理で、「美味しいもの食べなきゃいけん!  大根ばかり食べていたのでは力が出んよね〜」 

2月25日(金)

緑井には芸術家が沢山いる。  その中の懇意にしている一人が畑違いの俳句の会に入っていて、その句集の出版を祝う会に誘われた。  趣味の会というのは楽しいものだ。  肩書き、年齢、性別関係なく、素でのお付き合い。  句会の雰囲気がとっても楽しそうだった。  なんだか成り行きで、「入りなさい」 ということに。  今日からは面接試験?があるという。  何人かと面接をして合格?した。  句会の仲間というより飲み会の仲間を面接していたみたいだった。          

2月26日(土)

お遊びのお茶の会というので、着物を着て行った。  もう自分で奮闘するのは諦めて、着付けてもらった。  そのほうが崩れるのを心配しなくていいし、ラクだし、時間が掛からない。  割と早くお茶会は終ってしまって、なんだか脱ぐのがもったいない。  着物好きな友だちに見てもらおうと電話するが留守。  誰かに見てもらいたいので、隣のスーパーへ着物を着たままお使いに行った。  こんな日に限って、誰とも出会わなかった。  

2月27日(日)

朝から夜まで幾つかの会合が有るのに、合間を縫って、増原はお昼ご飯に帰ってきた。  丁度空いたからと、TVの囲碁番組見たさに帰ってきた。  滅多に見られないが、日曜のお昼の囲碁の番組を見るのが大好きで、増原にとっては至福の時。  唯一の趣味が囲碁で、時間が有ると議員会館でも碁を打っているらしい。  息子にも碁を教えて、高校の時は囲碁部の部長になり、時々親子で打つのが最高の楽しみらしい。  私はお付き合いで見ているがさっぱり分からない。  ちんぷんかんぷん。  ただとっても良い子守唄で、私にとっても至福の時。