home/diary/album/hobby/profile

2005年7月

7月1日(金)
苦心の末、HPを新しくした。  PC教室は楽しかったし、先生には次々に珍?質問攻めにしたけど懇切丁寧に答えてくださってありがたかった。  あれこれ新しいワザを入れたいと思ったけど、今はこれが限界。  おいおい楽しいページを増やして行きたいと思っている。  見やすいい様に、分かりやすい様に心がけた。  見てくださる方が増えれば嬉しい。


7月2日(土)
広島は朝からすごい雨。  これで一挙に水不足解消になればと願う一方、土砂崩れなどが起きないよう願うばかり。  水を大切に使う習慣はなかなか難しい。  新しい食洗器の宣伝で、手で洗うよりこんなに少ない水で済むと、ペットボトルを並べて比較しているのを見たことがあるが、では使用する電気量は?と疑問がわく。 


7月4日(月)
HPを新しくしてちょっとした反響をもらって嬉しい。  大変だったけど結構楽しく作業をしたので、みんなで作りましょうよと、興味ある人には返事をした。  実際作ってみたら、そんなに難しくはないし、達成感もあるし、そのノウハウは自分の物になるから、おばさんとしては嬉しいものだ。  


7月5日(火)
今日は郵政民営化法案の衆議院本会議での採決があった。  午後から採決に入ったのでTVをじっと見ていた。  増原は議長に目礼し賛成票を投じた。  改革無しでこのまま進んでしまったら、第二の国鉄になるし、早く手を打っていたら銀行の不良債権もあんなに大きくならなかった、これらの教訓を基に、出来るときに早めに改革をしておかなければ、後から手当てする税金の投入は莫大なものになるだろう。  私たちが今享受しているものが無くなるかも知れない(でもそれはきちんと法案化して、今までどおりとなっている)という感情論や目先の事にとらわれていたら、国民の損失は多大になると思う。  5票差で辛くも通った。  


7月6日(水)
昨日の採決はとっても疲れたらしい。  賛成派反対派入り乱れて、党内に亀裂が走り、人間関係がぎすぎすしたものになったので、 増原はこれからが大変だと言っていた。  解散になる可能性も大きい。


7月8日(金)
会う人ごとに 「解散があったら大変ですね!」 と言われる。 確かに選挙は大変だから、気がきではない。  でも、自分の力ではどうにもならない事に一喜一憂していたら、身が持たない。  物事成るようにしか成らないし、今までも川の流れに沿うように生きてきたから、どうにか胃に穴が空かないで済んでいる。  郵政民営化の結論がでるまであと一ヶ月、見守りながら、心静かに袋でも作っていよう。


7月9日(土)
息子が札幌に転勤になった。  2年間本省でこき使われて、ずいぶんと逞しくなった。  でもこれ以上続いたら体がぼろぼろになるから、ちょうど良いころあいで転勤になった。  「引越しで何か手伝うことなあい?」  「自分でするからいいよ」 とつれない返事。  親としてはこういう時に手助けしたいものなのに。  広島からも札幌行きの飛行機がある。  ちょくちょく行きたいなあ。 


7月11日(月)
ロンドンで同時テロ爆破事件が起こった。  我がいとしのロンドンが惨事に見舞われ心底怒りを覚える。 イギリスのマスコミは惨事を次々に伝えるがその語り口は淡々としたもの。  相変わらず冷静な国だと思った。  日本のマスコミの上ずった声と対照的だった。   イギリス人の気質として、あわてる事を潔しとしない。  何時如何なる時も平静さを求める。  レジで長い列を成していても、一度並んだ列を変わりはしない。  レストランで注文したものが中々来なくても催促したりはしない。  この、国の一大事の時には殊更に落ち着いた対応を見せるのがイギリス人魂。  社会が成熟しているのだ。


7月12日(火)
イギリスは多くの移民を抱える。  特にロンドンは本当のイギリス人はどこにいるのかしらと思うほど移民ばかりだ。  子供たちが通っていた学校も同じだった。  アラブ系の子供が 「 I'm british!」 と誇らかに言っていたのを思い出す。  懐が深いのだが、 テロリストたちはそこを突いている。  


7月13日(水)
我が家から見える緑井の町と権現山と阿武山もどんより曇って、このところの雨に濡れている。  何だか、体にもカビが生えそうなぐらい雨ばかり。


7月14日(木)
違った形のふくろを作ってみた。  蓋付。  形作るのが大変だったが、出来上がってみると、なんとも上品。  あしらいに銀色のビーズを付けてみた。  出来上がって使い心地を試す。    
7月15日(金)
8月29日(月)にする広島での増原を励ます会のお知らせを発送する作業がやっと終わった。  何万という封筒を出すにあたって、ボランティアの方々の手を借りまなくては出来ないことで、ここのところ毎日4,5人が来てくださっての作業。  そして少しでも切手代を軽くするのに歩いて配るために、ご近所の住所の封筒を持って帰って下さった。  本当にありがたい。  この方たちのサポートがあればこそ、又がんばれる。


7月17日(日)
解散風が吹き始めて、騒がしくなってきた。  こんな時にふくろばかり作っていていいのか、とお叱りを受けたが、実際はすでにいろいろと活動している。  企業秘密だから詳しくは書けないのが実情です。  察していただければありがたく思います。


7月20日(水)
梅雨が終わったとたん広島は毎日暑くて、暑くてぼっーとなる。  温度が上がって、朝から身動きできない。  這うように支度をして出かける。  今日の会合は冷房設備がない所。  汗が目に入ったり、首筋を流れるので、ハンカチでぬぐうのが忙しかった。  正装して涼しげな顔をしなくてはいけないのは、結構つらい。


7月22日(金)
息子が札幌へ行った。  役所の寮についてから電話をくれた。  「良い所だよ。  もう秋みたいに涼しくて。  それに食べ物がおいしいし。」  「何を食べたの?」 「タラバガニ弁当」 お弁当にタラバガニが入っているなんてさすが北海道。  新しいところへ行って何だか楽しくてしょうがない様子だ。  もっと早く家から出せばよかったかな。  でも10年前から私が家を出て、一人暮らしをしていたから、同じことかな。  


7月23日(土)
東京で地震があった。  TVにテロップが出て、心配ですぐに母に電話した。  そしたらすぐにつながったので、一安心。  すご〜く揺れて怖かったけれど何も壊れなかったとか。  娘にも電話したら、ちょうどハルカが手足口病になって家にいた。  「怖かったけど大丈夫」  やっぱり東京は怖いけど、逃げ出すわけにも行かない。


7月24日(日)
いよいよ夏祭りの季節。  昨日の土曜日を皮切りに夏祭りや盆踊りが続く。  小さな子供たちが浴衣を着て可愛い。  ハルカにも着せて、つれて歩きたい。  


7月25日(月)
この何日か夕方暗くなる前の1時間ぐらい、来月の励ます会の案内状を町内に歩いて配った。  「お父さんのために歩いて大変やねえ」 と言われたりするけれど、久しく歩いていないと空き地がマンションやアパートになっていたり、畑が分譲地になっていて様変わりしている。  自分の土地勘を養うためにも必要だ。  顔を思い出しながら名前と家を覚えていく。  今まで何回歩いた事か。  いろいろな場面が思い出される。


7月26日(火)
ある会の余興でロックンロールのバンドの演奏があった。  70年代の、のりの良い音楽で自然に体が動くのだろう、 何人かが踊りだした。    挨拶に回っていたら、妙齢の紳士が突然私の手をとって踊りだした。  何十年ぶりかのジルバ。  子供のときに父がよく踊ってくれて覚えたものだ。  それで自然に踊れたのでビックリした。  自転車と同じで、一度お覚えたのは忘れないものなのかしら。


7月28日(金)
ゴーヤがたくさん出来たから取りに来て、と友達から電話があり、喜んで貰いに行った。  なんでも、ゴーヤは大きくなるのが早くて垣根みたいになるから、ベランダの日よけにも良いそうだ。  おまけに枝豆も、トマトも、隠元のようなの長〜い豆も頂く。  どれも甘くてとってもおいしかった。  また電話がほしい。


7月29日(土)
夏祭り第2週目。  挨拶させられるのが、いまだもって不得手。  特に盆踊りの盛り上がっている途中に、「増原さんの奥さんが来られましたから、一言ご挨拶いただきます」 と言われ、櫓の上に上がって、「こんばんは!」 と声を張り上げるのだが、雰囲気を壊すし、「誰、あの人」という目つきで見られるのも、隣の人とこちらを見ながら、ひそひそ話しているのも、身が細る思いだ。  賑やかだから、何を言っても聞こえないと思うし、  これも大事なパフォーマンスだろうけど、中々慣れない。