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2005年8月

8月1日(月)
突然の同僚議員の悲しいニュースに驚ろき、気が落ち込む。  10年前から同じ境遇で、お互いに励ましあってやってきた仲間だから、悲しみはひとしお。  なぜ?  どうしてなの?  春ごろから寝られないと聞いていたが、それでもなぜ?
マスコミは郵政の反対派賛成派の板ばさみでと憶測するが、 亀井派の中で、衆議院では反対が12人、棄権1人、賛成が16人、と賛成のほうが多いことを皆さんは知らない。  増原が賛成しても誰からも何も言われなかった。  議員の1票の重みは大きい。  誰からも左右されるものでもない。  自分の信念に従うまでだ。  それなのに、この報道以後、無言電話や嫌がらせメールが入るようになった。


8月2日(火)
政治家はタフでなくては生きていけない。  政治家の妻もタフでないと生きていけない。  皆さんが心配して、朝から電話が鳴る。  ありがたい事。  まるで私の身に起こったかのように心配して下さる。  


8月3日(水)  
所属しているライオンズクラブの10周年記念行事として、区内の作業所と養護施設の子供たちを約400人、カープ対ジャイアンツの観戦に招待した。

今話題の球場に初めて行った。  さすが老朽化していた。  あちこちに不揃いな段差があってつまずく事が多かった。  新しい球場が望まれるが、やっぱり場所はここが便利。  
応援が楽しく、みんな一緒になって盛り上がった。
今度はカープの外野席に行こう。  今日は応援の甲斐もなく8対7で負けてしまったが、ホームランがたくさん出て楽しかった。
7回になると一せいに風船を飛ばす。
アトラクションもいろいろあったが、もっとたくさん有っても良かったかな。  とってもいいストレス解消だ。  TVで見るより楽しかった。
ライオンズのメンバーと隣のホテルで打ち上げをした。  
上から眺めた、夜に浮かぶ球場はきれいだった。

カープは3割打者が沢山いるのになぜ最下位なのかしら?
8月5日(金)
参議院で郵政民営化が否決されるかどうか、その結果、衆議院の解散になるのかどうか、ひとごとではないのでニュースをつけっぱなしにしていた。
委員会室の中はまだ粛々と討論がなされているのに、外では反対派が多くなり、もう否決されたかのような騒ぎだ。 
反対派が口々に言う、郵便局がなくなってしまうのではないか、過疎のお年寄りが不便になるのではないか、とiいう疑問に応じるために、いろいろな方策を作っているのがよく分かった。  私でさえ分かるのに、反対の質問者の同じような質問に、同じことを繰り返し繰り返し答え、説明する総理や大臣の忍耐強さはまるで修行僧のよう。  私だったら、キレて、 「何でわかんないのよ!!!」 と言ってしまいそう。  
法案に対する反対ではなくて、感情的な反対のための反対なのだ。  これで日本の改革も前進しなくなるのではないか心配だ。  
夜、 増原が東京から帰ってきて、解散は確実だという。  気持ちを整えて、段取りをしなくては。


8月6日(土)
原爆が投下されてから、60年目の記念日。  早朝から増原は記念式典へ、私はその隣で行われる川内の慰霊祭へ。  60年も平和と非核を訴え続けているのに、6カ国協議ではまだ北朝鮮の非核が実現しない。  むなしさ、無力感がある。
  
今夜は盆踊りが一斉に各地で催された。  みんなで手分けして行く。  原爆記念日と盆踊りが重なった日は、この10年間で初めて。  早朝から夜までで体を壊しそう。
ちょうど事務所には学生さんがインターンシップ制で勉強に来ていて、彼らと一緒に出かける。
行った先々での挨拶や歓待にビックリして、
「地元の人と密着できるいい機会ですね」 と感心すること、しきり。
6ヶ所を回って10時近くようやく終わる。
長い一日が終わった。



8月7日(日)
反対派がどんどん増えて、明日の本会議では郵政法案はどうやら否決されそう。  参議院のツケが衆議院に回ってくると言うのは割り切れない気持ちもある。  それも法案そのものに反対なのではなくて、怨念とか、気に食わないとか、感情的なことでの反対で。  でも代議士の妻のはしくれ、何時だって選挙の心構えはあるつもりだ。  人口が少なくなる将来の日本のためには小さな政府にならなければ生きる道は無い。  そのための郵政法案。  増原も明日に備えて今夜上京した。  



8月8日(月)
いよいよ参議院の本会議での採決の日。  否決され、その結果、衆議院が解散された。  劇場型政治のクライマックス!  ずっとTVを見て居たかったけど、昼間はビラやポスターの打ち合わせをしたり、TV局が取材に来たり、電話が鳴ったりで見れなかった。  夜は県議さんの後援会の集まりへ。 郡部の方たちは行くと、とっても喜んでくださる。  くしくも解散の日だから、「がんばりなさいよ」 と盛り上がり、500人ほど人、みんなと握手をしてきた。  帰ってきたときはもう、ニュースがすっかり終わっている時間だった。  



8月9日(火)
朝刊に一斉に衆議院選の候補者の名前が出た。  どういうわけか、大新聞のには増原の名前が載ってなかったらしく、あちこちから問い合わせがあった。  小選挙区からでるか、比例になるかまだ決定されていないせいだ。  決まるまで落ち着かない。  3区への思い入れは増原も私も相当なものなので、ここは譲れないのだ。  小泉さんの反対派への締め付けは厳しいもの、現職大臣を対抗馬に出した。



8月10日(水)
政治の世界は”特別”なものではなく、人間社会の端的な縮図だと思う。  それに権力闘争だから、食うか食われるか、激しい。  政治家1人1人が我が信念を貫けばいい。  あれだけ公認はあげないと言われていたのだから、いまさらなぜ?と思ってもしょうがない。  覚悟の上で信念を貫いたのではないか。  増原が東京から帰ってきた。  これから2人で元気で頑張って暑い暑い一ヶ月を過ごそう。
茨城では、お葬式から10日も経っていないのに、奥さんが弔い選挙に出ると言う。  なんと大変な事。  言葉も無い。  ただただ、頑張ってください。



8月12日(土)
毎日暑いから、今度の選挙で体を壊す人がでてくるかもしれない。  事務所の若い人たちにもくれぐれも気をつけるように言う。  このところ、我慢我慢の毎日だ。  自民党の執行部から正式な3区での公認をもらうまで、我慢のしどころ。 県連が誰を推薦しようと、決定するのは党本部だから。  それに前回だって、県連の推薦がひっくり返って増原が3区で公認された経緯がある。  あ〜あ、早く出ないかな。



8月16日(火)
3区からの出馬が叶わなかった。  まことに残念です。  後援会の皆様にも、申し訳ないことです。  コスタリカ形式と言う事で、中国ブロックの比例になり、順位はそれ相応の上位の順位と言う事になりました。  これか決まってから、増原はすぐに立ち直って活動しているのに、私は中々気持ちの整理が付かなくて、ぐずぐずしていた。  どう考えても、前々回現職を破って当選し、前回も10万票以上の支持を得たのに、3区から出られないと言うのは納得がいかないのだ。  でもそれが、政界というものなのか。  今日、後援会の皆様が集まってくださり、説明をしたところ、何があっても、ずーっと増原応援団で居ると、熱いご支援を頂いたので、又頑張ろうという、意欲がわいてきた。  本当にありがたく、勇気百倍頂いた。  次回は3区から!  頑張ります!!!  



8月20日(土)
ほとんどの顔ぶれが決まり、いよいよ本番への準備が始まる。  この選挙前の準備段階で結果が決まるほど大事な次期だ。  このたびは比例ということで、今までしてきた事とだいぶ勝手が違い、戸惑いを覚える。  「比例は自民党へ」 とお願いする電話作戦だけが許されている。  
今回の解散劇、TVで見ている限り面白い事は事実。  でも当事者として見ると心が痛む。  あちこちでねじれ現象が起こっている。  党公認でも地元の党員は新しい人にはそうは動かない。  長い間の信頼関係が出来上がっているから。 
党公認だから出たのに何もしてくれない、こんなはずではなかったと思う新人もいる事だろう。  首尾よく当選しても、ねじれやしこりは残るし、 この3区のようなコスタリカがたくさんできる。  代議士と言えども人の子、感情的なことは中々修復できないと思う。  選挙後の風景が想像出来ない。



8月21日(日)
支援者のところにご報告に回っている。  中には憤慨している方もいるが、理解を示してくださって、 「次、頑張りましょう」 と言ってくださるのは本当にありがたく思う。  こうしていままでこつこつと歩いて1票1票を頂いてきた。  1票を頂く事は心を頂く事と思っている。  それが知名度があるだけで、パフォーマンスが派手なだけで、話題になるだけで当選してしまうのだ。  党を変えようとする今回の選挙には必要なのかもしれないが、何か違和感を覚える。  代議士とは何かを考えさせられる。



8月22日(月)
相変わらず電話のボランティアを集めるのが大変。  朝8時から夜8時まで許されているがこんな長い時間お願いすることは出来ない。  「1時間でも2時間でも、お時間があるときに電話を掛けに来てください」 とお願いするのがせいぜい。  何軒も長時間掛けるのは大変な作業でとっても疲れるから。  午前と午後の部に分けて、スケジュール表を作るが埋まらないところが何日もある。  どうやって埋めるかがいつも悩み。  これをアルバイトを雇ってすると違反になって、すでに2人の議員が失職したのは記憶に新しい。  これだけインターネットが普及しているのだから、選管もそろそろHPやメールをツールとして真剣に検討して欲しい。  



8月23日(火)
今回の選挙に自民党から沢山の女性候補が出ることになった。  頼もしい限りだ。  それも各界で活躍していた新人の若い女性が。  その分野でしっかり勉強をしていて、専門を政治に役立ててくれるという期待が持てる。  
今朝見たTVでの新人の会見はまことに立派なものであった。  今なぜ郵政民営化が必要なのか誰よりも分かりやすく説明してくれたし、その他の質問にも明快に答えていた。  彼女は経済アナリストだったから、今一番政治家に要求されている能力、”分かりやすく説明する” ということにぴったり。  歯切れが良くさわやかだから好感をもたれるだろう。
それにしてもTVで見る限り、女性に好まれない女性候補もいる。  いくらきれいにお化粧したり着飾っていても、人間性が現れてしまうのだろうか。



8月24日(水)
比例で出ると、出陣式もないし、選挙事務所もないし、推薦はがきもない。  勿論ウグイス女もいないし、街宣車もない。  毎夜の演説会も昼間の街頭演説もない。  今までと勝手が違って、増原の名前が連呼されないのは、支援者の皆様にとっても、さびしい限りと思う。  
自民党県連で中国ブロックの候補として一括して扱われる。  公示されたら、増原は中国ブロックの各小選挙区の候補のところへ激励に回る。  もし自民党の幹部が広島に応援に来たときは一緒に回って、自民党をアッピールする。   
「ラクでしょう?」 「座ってればいいんじゃない?」 と言われたりするが、とんでもない。  何もかも勝手が今までと違うので精神的に疲れる。  何事も経験しなくてはいけないことばかり。  こうやって議員生活を続けていくのか、タフにならなければと、自分に言い聞かせる。



8月26日(金)
このところ選挙で忙しくて、東京の両親の顔を見ていない。  電話も出来ず、この暑さの中どうしているかと、気にはなっていた。  時々娘が間に入ってお互いの近況を伝えてくれていたので無事に過ごしているのは分かっていたが。  ちょうど良いところに、弟一家が海外勤務を終えて帰国した。  しばらく仮住まいで、連日実家に食事をしに来るという。  「私が作ったのがおいしい、おいしいと言って食べに来るのよ」 しばらくぶりの電話口で母が張りのある声でしゃべる。  選挙とは別の世界に接して、ほっとする。 



8月27日(土)
連日後援会の方の家を回っている。  直に接するといろいろな意見を言ってくださるのは有難い。  時には話し込む事も。  皆様の関心がとっても高いのが分かる。  ほとんどが小泉改革に賛成。  先日発表された人口減に対する不安も小さな政府へ拍車を掛けている。  でも郡部の反応はまた違う。  
このところすっかり日焼けした。  しっかり日焼け止めクリームを塗ってはいるが、追いつかない。  帽子をかぶっての挨拶は失礼だし、日傘をさしたりしまったりも面倒だ。  もうあと何日かのことだから、いいわ、と割り切る。  2年前の選挙のときに出来たちりめんジワがやっと消えたのに、恨めしい。  
同じ口上を何十辺と繰り返すうちに、ろれつが回らなくなってくる。  目が点になってしまって目線が定まらない。  車を乗り降りするうちに腰も痛くなってくる。  そんなとき、「今日はここまでにしましょう」 の一言に救われる。



8月28日(日)
もう郡部の方では稲穂が黄金色で稲刈りも始まっている。  土日になると市内にいる家族総出で手伝っている。  一休みする時、きっと選挙が話題になることだろう。  過疎地の親御さんと市内の若い者の間では意見が分かれるかもしれない。  それでもしがらみやただ頼まれたからと言って選ぶのではなく、自分の考えで地域にふさわしい人を選んでいただきたいと思う。