9月11日(日)
投票日、久しぶりに静かで穏やかな、でもかなり暑くて蒸す朝を迎えた。 無事12日間を終えほっとする。 このところ出来なかった、洗濯やら、掃除、片づけをしてして、夕方、増原と投票をしに行く。
出口でNHKの出口調査の人が近づいて来た。 「ごめんなさい、候補者だからお答えできないのです。」 とお断りをする。 納得をしていただいた。
事務所に行って、会議室を整える。 TVを置いて、椅子を並べ、花を飾り、乾杯のためのにお茶を準備する。 このごろは乾杯はどこでもお茶でする。 車で来る人も多いし、お酒がなくてはと、まだ考える人も減ってきた。
某TV局が来て段取りを聞かれる。 正式な選挙事務所は比例なので広島自民党県連の事務所にあって、まず、そこに増原は行って、当選の万歳とインタヴューを受ける事になっている、と説明する。 その後、地元に戻り、再び地元の支援者の前でも当選にあたってのお礼を言って、万歳をし、お茶で乾杯をする事に。
開票までの間、皆とクスだま作りをする。 前回使ったのをを土台に新たに作って、何回も練習をした。 前回、一パツで割れなかったから。 最後に風船やら色紙の紙吹雪を入れ、準備万端。
当選するのは分かっていても、落ち着かない。 そのうち次々に人が来て下さる。 緑井にあるぶどう園の方が今日採れたてのおいしいぶどうを沢山持ってきてくださった。 それを用意しているうちに8時になって、開票が一部始まる。 ひょいとTVを見たら、当確が出ている。 大きな声で叫んでしまった。 「当確だわ!!! 増原の当確が出ているわ!!!」 皆口々に 「えっえ、もう!!」 「やっと、投票が終わったばかりなのに!」 「早いのう!!」 「もう一辺、見たいわ!!」 「早いわね!」 大騒ぎだ。 この大騒ぎのために皆今まで頑張ってきた。 嬉しい。 |
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増原が県連から帰ってきて、事務所の玄関で恒例のクスだまを割って、万歳をする。
皆みんな、嬉しそう。 |
増原が皆様に当選の報告と、これからの所信をお話しする。 何時になく力が入っている。
これで当選3回目、これからの国会での活動にも力が入る事だろう。 |
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お茶で乾杯!!
2005年夏の総選挙、沢山の方のお手伝いを得て、皆様のお陰で無事、当選いたしました。 しかも自民党の圧勝で。
次がもう始まっていますが、今夜は、ほっとして過ごしたいと思います。
ご支援、本当に有難うございました。
心からの感謝と御礼を申し上げます。 |
9月12日(月)
昨夜は遅くまで速報を見ていた。 それでも朝早くからお祝いに来る方もいるかと、8時には事務所を開けた。 次から次のご挨拶に明け暮れたが、本当にわざわざ事務所までお出でくださるのは、有難く思う。 有難うございました。 それにお礼の電話も始めて、ボランティアの方々も昨日で終わりというわけでなく、今日から又、とiいう感じで来てくださって本当に有難く思う。 選挙は皆様のお陰です。 支援者のお力無くしては本当にできない事です。
小泉旋風はもの凄かった。 自民だけで296名の当選者。 東京ブロックなど、比例の順位の下の方は候補者を用意していなかったとかで、社民党に1名あげた、という珍事まで起こった。 何ということ。 与党だけで3分の2の議席数だから、参議院で否決されても再度の衆議院で可決成立できる超安定議席数になった。 私の高校の同級生のカリスマ主婦まで当選してしまった。
9月14日(水)
事務所の来客も一段落したので、手分けしてお礼の挨拶に出かける。 後援会の皆様は今回、増原の名前が書けなかった事でフラストレーションがあって、皆様の気持ちを受け取るのに時間が掛かる。 次回は必ず書いていただかなくては、という思いが募る。
お礼の電話は相変わらず続けているがなかなかはかどらない。 掛からなかったところは申し訳ないけど失礼してしまう。 まだまだ選挙は終わらないのだ。
9月16(金)
時間が許す限り電話をし、何通もお礼の手紙を書いて、もう口も、手もフラフラ。 まだ終わらないのに、明日増原の代理で、総務省に当選証書をもらいに行く事になり、夕方の便で上京する。
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窓辺で手紙を読む女 (1659年) |
羽田について、ハタと思い出した。 私が長年にわたって追っかけをしているフェルメールの絵がドレスデンから日本に来ていたのだ。 確か19日までだった。 上野の西洋美術館は金曜日は夜8時までオープンしているらしいので、羽田から直行する。
思ったより小さな絵だったが、精密な描き方からかもし出る上質な静けさと気高さ。 あ〜あ、やっぱりフェルメールの絵はいいなあ。
この一ヶ月間、選挙選挙で明け暮れて来たので、選挙以外の空間に身をおくことが出来て、ほっとする。 今日、彼の全作品36枚のうち23枚目をドレスデンまで行かないで見る事が出来て幸せ。
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9月17日(土)
朝、当選証書を頂きに総務省に行く。 TVで見かける人に出会うかなと思ったけどブロックごとなので、残念でした。 ほとんどが代理人だったが、 全身ピンクのおじさんが居てマスコミが取り囲んでいるので一体誰だろうと思った。 来た順に厳かに証書を頂いた。 大学の卒業証書をもらって以来の事で、少々緊張した。
夜久しぶりで帰国した弟一家と父母と食事をする。 皆元気で嬉しい。 姪がすっかり私より大きくなってしまって、ハルカもすぐにこんなになるのだろうな、と感慨深く思う。
9月19日(月)
敬老の日。 朝から増原と手分けして、ご招待くださった敬老会に伺う。 皆さんお元気で、どこも盛会だ。 何よりと思う。 日本は世界一の長寿国になり、100歳以上の方が25000人以上もいらっしゃる。 広島市は101歳、100歳、95歳と88歳の方のみに記念品を渡している。 きっとそれでも大変な額になるに違いない。 それと、役所は個人情報保護法で名簿などは明らかにせず、今年からは各敬老会の場所と日時をも公開しなくなった。 時代が変わって来た。
9月21日(水)
特別国会が始まった。 この度の選挙で初当選した人たちはさぞ嬉しい事だろう。 5年前、始めて国会へ行った時の事が思い出される。 浪人生活5年の後だったから、本当に嬉しく、希望に燃えていた。 あの時の気持ちを大事にしたい。 それにしても、TVのワイドショーは相変わらず餌食を求めている。 先日見かけたおじさんがおばさんだったというのも始めて分かった。 失礼しました。 これだけ国民の関心が集まったのだから、続けて関心を持って公約がきちんと守られるかどうか有権者は見つめて行く事だろう。 息が抜けないと思う。 頑張って欲しい。
9月22日(木)
会う人ごとに、 「お世話になりました」 と言うようにしている。 誰でも声を掛けてくださった方たち全部に。 クリーニング屋さんにも、お昼を食べに行くお店の店長さんにも、町で出会う顔見知りにも、皆さんに本当にお世話になったのだから、心より伝えたい。
9月23日(金)
寒さ暑さもお彼岸までと言うのに、一向に涼しくならない。 おまけに蒸し暑く、朝からクーラーを入れたい感じだ。 ほとほと体がだるく、気力も無い。 そんな時に、2ヶ月前に注文していたプリウスが来た。 12年乗った前の車が車検が来るので買い換えたのだ。 昔、自分が働いて貯めたお金で買った文字通りのマイカーだったので、廃車にするのは忍びないが、色々とガタが来ていたので思い切って低公害車のプリウスにしたのだ。 少し運転してみる。 静かでスムーズ、オーディオや温度調節がハンドルについているので操作しやすいし、乗り心地もいい。 ただかなりのハイテクなので、エンジンの掛け方も違うし、何だか分からない赤ランプが付いたり、急にピーピーなったり、心臓がドキドキする。 説明書を助手席において、首っ引きだ。 慣れるまでかなり時間が掛かりそう。 リッター35km
走るし、低公害車という事で補助金も出るし、経済的。 大事にしたい。
9月24日(土)
北広島町になった芸北の雄鹿原地区で夜、「乙九日祭り」 があった。 たいまつ行列、かがり火、手筒花火、そして打ち上げ花火があり、文字通りの炎の祭典だった。 夜は14度にもなり、久しぶりにさわやかな涼しさ、というよりも寒さだった。 市内の暑さにしおれていたから、とっても気持ちが良かった。 このような珍しいお祭りなのに、ちょっと人出が少ないように思えた。 市内から遠く、島根県境に近い所なので中々来る人が居ないようだ。 もっと宣伝してもいいのに。 「現金収入がないので、どうにかして欲しい」 という陳情もあった。 冬はスキー場が賑うところなのに、やっぱり過疎地は大変なのだ。
9月26日(月)
台風が来ているのに、増原は昨日上京した。 風がひどいので飛行機が羽田着くまで心配する。 今日は台風一過、というよりフェーン現象で暑い中、挨拶回り。 「良かったのう、今回はラクで」 「はい、お陰さまで」 「疲れとるでのう、体、気をつけてな」 「元気です」 「先生にしっかり頑張ってくれるようにな」 「はい、張り切って行きました」 やはり、じかに会ってお話しすると嬉しい。 ほとんど稲刈りが終わって、コスモスが至る所咲き乱れていた。
9月27日(水)
8月末に予定していた広島での増原を励ます会の日にちが決まり、又お知らせを出す。 はがきに住所のタックシール貼る。 貼っても貼っても終わらない。 お手伝いに来てくださる方たちとおしゃべりをしながら、初めは楽しいけど、だんだんくたびれてさすが口が重くなってくる。
9月29日(金)
連日のシール貼りと挨拶回り、それに突発的に入るたびたびのお葬式。 いささかくたびれた。 この夏の暑さがひどかったし、おまけに選挙、そのあとの挨拶、もろもろの事、疲れた。 選挙が終わってほっとするのも一日だけ。 次の日からは、次の準備に入らなくてはいけない。 会う人ごとに言われ、、分かっているだけに、いささかその言葉に疲れる。
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