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                               1月の日記 
              
1月1日(月)

暖かく穏やかな元旦。 
 
恒例の皇居へ伺う。  いつもながら皇居は美しい。  私たちも正装して、陛下のお言葉を今年は最前列で頂いた。  

一年の年頭にあたって、気持ちが引きしまる。  増原はいつもこの時に感激する。  何か心に期するものがあるのだろう。 


お昼には家に帰って皇居で頂いた御節と、私が作った煮物となますとお雑煮で、息子と3人でお祝いした。  

息子もいつまで家にいるのかしら、そろそろ追い出し作戦をしなければ、、、  

午後は歩いて赤坂の日枝神社へお参りに。  夜は実家の両親のもとへ。  皆元気で何より。  今年一年も元気で居られますように!


1月3日(水)

朝の便で広島に帰る。  さあ、今年も地元で頑張るぞ、と新たな張り切った気持ちで一杯。  それとハルカの子守と年老いた両親の世話と。  一人3役は大変だけれども、合間を縫って自分が楽しいこともしたい。  

定期的に運動が出来れば一番嬉しい。  昔していたテニスか、この間TVで見た 「シャル・ウィ・ダンス」 のリチャード・ギアみたいなお相手がいればダンスもいいな。  でも、いつでもどこでも1人で出来る水泳が現実的かな。


1月5日(金)

今年一年がどういう一年になるか想像も付かないが、なるべく穏やかな年であって欲しいと願うばかりだ。  

星座の占いによると私の射手座は12年に一回の良い年周りだそうだ。  同じ射手座の姪もそう言っていたので間違いなさそう。  

自分の運命は自分の手で切り開くものと、超現実的な私。  おみくじも買ったことがないし、姓名判断も手相も興味が無く、厄除けもしたことが無いほど占いを信じないけど、良いと言われればウキウキする。


1月7日(日)

  

今朝、起きたら一面雪!  寒いはずだ。  雪の中をとんどに行く。  それでも火は勢い良く燃えてまっすぐな火柱が立った。  お神酒やぜんざいを頂くと体は温かいが、足の先の感覚がなくなって行く。  

今年は地方選があるので市会県会の先生方は大忙しだ。  皆さんまめに出歩き、今日もとんどのはしご。

私も午後からもう1つ。  お餅やぜんざいでお腹が一杯になる日。



1月8日(月)

トンドが出来る場所がどんどん少なくなって、緑井でもここだけになった。  昨日のとんどは楽しかった。  

お酒を入れた竹筒を何本も立てられる車輪付きの鉄製の器具を,火のそばに押してお酒を沸かしたり、一度に何個も焼ける畳一畳分ぐらいの足つきの焼き網をおき火の上に置いてたくさんのお餅ちを焼いたり、ここだけの特許物の器具が出て来た。  

自慢のお漬物を持ってくる人、お芋を銀紙に巻いて持ってくる人、いろいろなおいしいものをお相伴できた。  これを竹筒で沸かしたお酒の肴にして飲むと、もう、、、 おいしい!  みな良い機嫌になって、若かりし頃のこと、これからのこと、などなど会話が弾んだ。


1月9日(火)

友達が手術し退院したのでお見舞いに行く。  主婦が病気になると食べ物から不自由になるので大変だ。  当分台所に立たなくていいようにすぐ食べられるものを、それでも病気の時だからおいしいものを見繕って買って行った。  今日はご主人が出張で1人だとか、1人で居るのはさぞ心細かろうとぎりぎりまでおしゃべりをする。  「何かあったらいつでも携帯鳴らして」 と念を押して帰る。  


1月11日(木)

もう3週間も珍しく増原と一緒に居る。  いつも行ったり来たりだからすれ違いも多く、新鮮?なのに、ここのところもう話すこともなく静かだ。  プライベートで出かけることも有って、いつもは背広にネクタイだけど、ラフな格好で出かけたりする。  ”ちょい悪親父” 的な崩した格好をしてもらいたいのに、ならない。  コートの襟を立てて、ボタンを閉めず、マフラーをたらして、と言うのに、マフラーをコートの中に入れてボタンを掛けてしまう。  ああ!  根っからのまじめ人間。  ”ちょい悪親父” の道は遠し。


1月12日(金)

スターバックスやタリーズなどのコーヒーショップが好きだ。  おいしいし、手軽だし、あの雑多な雰囲気の中で人間観察をするのが好き。  増原を連れて行って飲んだりした。  彼にとって注文するのも、コーヒーカップの蓋を取らず飲むのも、人間観察も初体験。  これも社会勉強です。


1月13日(土)

上田宗箇流の初釜に行った。  1年かけて補修した母屋の畳と木の香りが清清しい。  広島の大事な文化の発信地だから、手入れするのは大変なことだと思う。  お福茶、お濃茶、そしてお食事を頂き楽しい、ゆったりとした時間を過ごすことが出来た。  さあ、また新たにこの一年もがんばろうと言う気持ちになった。


1月15日(月)

明日の増原の新年互例会の準備。  急なお葬式が入ってお手伝いの方の人数が減ってしまった。  急遽あちこちにお願いの電話をする。  会は縁の下の力持ちの女性軍団のお手伝いなしには運営できない。  有り難い事に常に数十名の方たちが居てお任せしている。  毎回のことで、もうすっかり慣れたもの、助かっているしまた有り難く思う。  明日宜しくお願いします。


1月16日(火)

新年互例会の日。  暖かい支援者がたくさん集まってくださった。  こうやって熱気に囲まれていると又頑張らなくては、と勇気百倍、力が湧いて来る。  本当に有り難く幸せだ。  

増原の演説は昔はドキドキしながら聞いていたものだが、今は安心して聞いていられる。  年数がたち経験に裏打ちされた論理が分かりやすく説得力があるから。  手前味噌かな。  皆さんが真剣に頷きながら聞いてくださるのが嬉しい。  

今日の主役はなんと言っても北部の後援会長、今日が90歳のお誕生日!  毎回中締めをお願いしていて、いつも素晴らしいお話をしてくださる。  ご紹介の時に卒寿のお祝いの花束をお渡した。  今日は特に大きな力ある声が通って、いいお話だった。  拍手喝さい!  そして、皆あやかりたいものと握手攻めだった。  来年も、また再来年もずーっとずーっと中締めをお願いしたい。    




1月18日(木)

先日の増原の演説で日銀の利上げはしたほうが良いと言っていたのに、日銀は利上げを見送った。  増原は政治家の中では少数派の利上げ論者だそうだ。  経済は良くなってきたのでいつまでも金利をマイナスにしておいてはいけない、少しでも上がれば預貯金が8兆円あるので利上げ分が消費に回りデフレから脱却できる、市場に任せたバランスの中で財政再建を真剣に考えるようになる、など門前の小僧、素人の私の理解。  すでに海外から日銀は政治に屈したと言われ、円安になった。


1月19日(金)

ある会合で政治家は 「選挙の票を乞食の様に拾って歩るく」 と言う人が居た。  凄い表現、死語になったかのような言葉だけど  ああ、そうか、人はそう見ているのか。  「乞食の様に」 と言う言葉が頭の中をこだまする。  

選挙に勝たなくては何も始まらないことは確かだけど、国政を担う志をそう簡単に貶めていいのか。  一所懸命1軒1軒回ってお願いしたり、お祭り、盆踊りなど地域の集まりでは挨拶して回るけど、どこか節度を持ってして来た。  なりふり構わずではなくて、「主人は皆様の代議士です」 と言うプライドを持って。  そして増原の実績や能力で判断してもらうしかない。  代議士になるのが目的なのではなく、代議士になって何をするか、が目的だから。

政治家は乞食のよう、と言われないようにしたい、いや、しなければいけない。  品格が必要なのは何も国家だけでなく、それを構成する全てに当てはまるのだから。


1月20日(土)

「ねえ、ねえ、ばあば、あのね」 「もしもし、誰ですか?こんにちはは?」 「ハルちゃんです、こんにちは、ねえ、ねええ、ばあば、リカちゃんの着物作ってえ」 電話口で息せき切ったようにハルかにねだられた。  リカちゃん人形が着るきものが欲しいのだと言う。  針仕事はばあばの得意分野だと知っているから、待ちきれず電話を掛けて来たのだ。  「いいわよ、今度布を持って行くから、選んでね、一緒に作りましょうね」  私も孫の言うことにあがら得ないおばあさん。


1月22日(月)

朝8時に家をでて上京。  これも娘のため、孫のため。  いつも紙袋1個で移動する。  紙袋が小さい時もあれば大きい時もある。  洋服や、身の回り品、時には残った野菜が入っている。  車輪つきのキャリーバッグが流行っているが、入れるほどの荷物はないし、紙袋だとこのままお迎えに行かれるから便利。  私の顔を見つけたときの笑顔が嬉しい。  「ばあば、リカちゃん人形ののおきもののきれもってきたあ?」 忘れていないのだ。


1月24日(水)

明日から通常国会が始まるので、増原も上京して来た。 また金曜日には広島に帰るが、たった2日なのに、家に話し相手が居なかったのが寂しかったらしい。  むやみに話しかけてきて、同意を求める。  「そうねえ」 「ほんとねえ」 「でもね」 とたまには反論。  すぐに思い出せない名前も一緒に思い出してあげる。  私って優しい!


1月26日(金)

血液検査だけでも、と思い切って病院へ検査に行った。  注射針を通して血が勢い良く、本当にほとばしるように管の中に入って行くのを見ていたら、急にドキドキ、心臓がパクパクして来た。  深呼吸をする。  顔色が青くなったのか、看護婦さんから何度も大丈夫ですか、と聞かれる。  全くこんな事では病気になったらどうなることか。


1月27日(土)

朝から息子も出かけ、増原も居ないし、子守もない。  シーンと家の中が静か。  ほっと一息。  いいなあ、何をしようかな今日は。  やっぱりお掃除に洗濯、アイロンがけ。  そして娘が乾燥機に入れて縮んでしまったハルカの幼稚園のセーターが、どんなにアイロンで伸ばしても窮屈だと言うのでもう一枚編まなくては、、、  いくらなんでも乾燥機に入れてしまうなんて。  今度はどんなのを編もうかな。  結構楽しみ。


1月29日(月)

用事があって両親をお台場に連れて行った。  黄昏どきのビル群の電気が輝いて大都会の姿が見えた。  決まった場所しか出かけない母たちにとってはまるで外国に行ったようで、車窓からの景色に感嘆する。  観覧車の秒刻みで変わるイリュミネーション、レインボーブリッジ、対岸の摩天楼群のイリュミネーション、、、本当にきれいだった。 


1月30日(火)

参議院全国区選出の友人の励ます会に行った。  以前ロンドン勤務をしていたときの同僚、以来家族ぐるみでお付き合いしている。  他の同僚も集まって、声援を送った。  全国区は大変だ。  よっぽどの有名人か支援団体がない限り出来ない。  全国どこにいても、右も左も有権者ばかり。  やってもやってもきりがなく、休まるときがないようだ。  ご本人も奥さんも7月の参議院戦へ向けてすでに燃えていた。


1月31日(水)

この所東京は暖かい。  ハルカと幼稚園の帰り道、あちこちでいい香りがする。  振り向くと、梅の花が満開だ。  時には沈丁花のつぼみも。  色々な花がもう咲いている。 「さいたあ、さいたあ、チューリップの花が、、、」 ハルカと歌いながら帰る。  でも暖冬とは言え早すぎる。