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4月の日記
4月9日(月)
自分の選挙は短く感じられるが、この度の選挙はとっても長く感じられた。 市長選と地方選の結果が昨夜出て、ようやく終った。 結果が出た夜中に各事務所を回ってお祝いを言ったり、慰めたりで、選挙の怖さも再認識した。
この9日間、本当に勉強になった。 一番大事なのは人の和だけど、後援会を大事にしているだけでは票は広がらない。 時代も変わって、敏感に反応しなくては置いてきぼりにされる。
広島では保守系の選挙は毎晩各地区で、2、3ヶ所の演説会をするが、まず人が集まらなくなった。 電話も留守が多く、つながらない。 従来のやり方はもう効果がない。
まずは人物。 選挙民は実に良く見ている。 党を挙げてといっても、人物に魅力がなければ他所へ流れる。 従来どおりの締め付けは効かなくなった。
若い人は働いているので接点がないから、当然連呼と繁華街へ出て握手ということになる。 中々若い層に入り込むのは難しい。 どんなパフォーマンスでも必要だ。
広島市議会は定数が削減されて、現職が落ちたのはいたし方ない。
同様に広島県議会も定数削減で悲喜こもごもだった。 しかし知事選にまつわるお金の問題があって、刷新派と従来派とで分かれたが、県民は刷新派をも落としているから何を基準にしているかがわからない。
増原の選挙は前回比例だったが、次回の選挙は3区から従来どおりの選挙をすることになる。 一回抜けた選挙で、再び名前を書いてもらうのは相当な危機感を持ってしなければいけない。 この度の教訓を基にして、次回へ向けて頑張る。
4月10日(火)
一日掛けて各事務所を回ってお祝いを言ったり、大変さを聞いたり、奥さんや支援者たちに慰労したり、またもや勉強になった。 油断大敵。 何回目でも選挙は怖い。
4月12日(木)
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ある会の親睦会で香川県の直島へ行った。 広島から2時間半あまり、宇野港からフェリーで20分ほど、瀬戸内に浮かぶ島だ。
この小さな島に安藤忠雄が設計した現代アートを展示している地中美術館があって、海外からも注目を集めている。
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現代アートは なに?何? ? ? というものが多かったけど、光のアートは中々実験的で楽しかった。 現代アートは体験する物だと知った。
これ以上良い日はないぐらいいいお天気、気持ちの良い日で、至る所に花が咲き、瀬戸内の島々が見える美しい景色の中、ここの所の疲れがすっかり取れたような気分になった。
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4月13日(金)
右手が腱鞘炎になってしまってもう1ヶ月、マッサージをしたり、塗ったり、貼ったりしているが中々治らない。 お鍋を持っても、大根を持っても、はさみを持っても痛いので、大好きなふくろが作れない。 疲れたときの癒やしのふくろなのに。 で、あまり腕に負担が掛からないから、もっぱら数奇屋袋を作っている。 あれこれ布を代えて作ると雰囲気が変ったのが出来て本当に楽しい。 袋を人にあげるのも楽しい。 皆とっても嬉しそうな顔をしてくれる。
4月15日(日)
明日からのハルカの子守に備えて午後の便で上京する。 飛行機は満席、子供連れが多かった。 羽田に着くと、ピカチュウの飛行機があって皆大興奮。 おまけにモノレールにもピカチュウの絵が描いてあって、子供連れで一杯だった。 お父さんやお母さんは大変だな、このピカチュウモノレールにのって何往復しているのかしら? 皆子育てに一生懸命だ。
4月16日(月)
ハルカは幼稚園で年長さんになって、またまた大きくなった。 一寸見ないうちにハルカだけでなく皆大きくなっているので、びっくりした。 そして元気! 体がむずむずするのかしら、一時もじっとしていない。
4月18日(水)
不条理と言う言葉が頭に浮かんだ。 不条理だと思う。 長崎の事件は本当にお気の毒だった。 公的な職務にあるとは言え、それで命を奪われたのでは、しかも選挙中という一番無防備な時に、無念だと思う。 ご冥福をお祈りいたします。
こちらにとっては言いがかりでも、相手側は正当な権利を取り合ってくれなかった、と思い込む。 どこにでもあり得る事だ。 でも、暴力にエスカレートする事は絶対にいけない。
事務所でも色々な相談を受けるが、期待に答えることが出来無い事もある。 その結果をどう捉えてもらえるか、真摯に誠実に話すしかないと思う。
夫が公的な立場にあるということは、このような事態も覚悟しなければならないのだと自分に言い聞かせる。
4月19日(木)
東京で車を運転していて、初めての体験をした。
@ある道に入って行ったら、車が止まっていて動かない。 なんと運転者が居ない! 3分ぐらいして帰ってきた。 悪びれた様子も無い。
A家の駐車場の入り口に車が止まっていて、車が入れない。 またまた運転者の姿が無い。 5分ほどして帰ってきたが、謝りの言葉も無い。
全く身勝手。 車から離れるときは道の横に、道路をふさがない様に駐車してからと習わなかったのか? 1日に2回も遭遇するという事は東京では日常化しているのかしら?
4月21日(土)
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2月から始めたピアノの発表会があり、ハルカの初舞台を見に行った。 たった8小節の短い曲、題名だけは立派な ”アメリカのうた” という曲をどうにか弾いて、一瞬のうちに終わった。 おおばば始め家族全員が緊張した瞬間だった。 その後大拍手! 先生に感謝。
低学年の男の子が一生懸命弾いていた。 この年ぐらいの男の子もとっても可愛い。 これから大きくなると、だんだん親の思い通りにならなくなる。 息子も4年生の時、「死んでもやらない」 とヴァイオリンを辞めたことを思い出した
4月22日(日)
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もう桜の時期は終わったけど、東京に来たからには私の散歩道を歩かなければ、と千鳥が淵と北の丸公園を歩いた。
桜はすっかり新緑の葉をつけて目に鮮やか。 まだ何本かの八重桜は満開でたわわに花をつけていた。 |
すでに、つつじの季節で、花の色が奇麗だ。 空気も穏やかで一番いい季節。
すざまじい夏のことは考えず、今を楽しもう。 |

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4月24日(火)
〜国会ツアー〜 |
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今日から年に一度の国会ツアーの旅行が始まった。
今年は運良く本会議があって傍聴することが出来た。
国会の中の様子や議員の先生方を見ていただき、政治が地元の皆さんに身近な物になればと願う。
「これから、ニュースを見る目が変わるかもしれんね」 |
夜はツアーの皆さんが泊まるホテルニューオータニで東京での励ます会を催した。
東京ならではのTVでおなじみの大臣や先生方も激励に来てくださり、楽しく、威勢良く、賑やかな会だった。
先生方のお話で増原が国会の中でどのような活動をしているか、どのように評価されているかが分かって、興味深かった。
このHPを見てくださる先生もいらして、身に余るお言葉を頂き、更に続けていかなければと思った。
東京の友人たちがいつも参加して、励ましてくれるのも本当に有難く、勇気付けられる。
皆様有難うございました。
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4月25日(水)
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今年は場所を変えて日光へ。 生憎の雨だったけど、雨に煙る日光は素敵だ。 権力とはこういうものかと思うほど素晴らしい建物群。
90歳の方が参加していたので、雨に濡れた石段を腕を組んで上がる。 でもその健脚ぶりに私の方がエスコートしてもらった。
鬼怒川温泉の先のひなびた川治温泉へ。 夕方、雨上がりの美味しい空気を吸いに外へ散歩に。 川原のごつごつした岩の上を童心に戻って歩いた。
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さて大宴会。 美味しいお料理でした。 久しぶりで日本酒を飲んだ。 美味しい!!
勿論カラオケも。 お酒の入った男の方たちが入れ替わり次々に歌う。
最後は控え目な女性全員で”上を向いて歩こう”を歌った。
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4月26日(木)
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最終日だけど皆さんとってもお元気で張り切っている。 世間は狭くて、同窓生だったり、ご近所だったり、友達の友達だったり、それぞれがとっても楽しんでいる様子で嬉しい。
今日はお天気になって、雪をかぶった男体山や日光連山が良く見える。
いろは坂の急なヘアピンカーブは観光バスの高い座席に座っているとハラハラした。
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もう一ついろは坂を作って、のぼりとくだりを別々にしているから対向車は無い。 良くしたものだ。
中禅寺湖、戦場ヶ原、湯滝を見てその景色の美しさを堪能する。 ところどころ雪があってまだまだここは冬。
湖畔のきれいなホテルを見て、夏、両親を避暑に連れて来たいなと思った
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華厳の滝を見物するのに岩盤をくりぬいたエレベーターで一挙に80m下って展望台へ。
下から見上げると、その名の通りの素晴らしい滝だった。 皆、滝をバックに写真を撮る。
朝、美味しい朝ご飯を沢山食べたばかりなのに、早めのお昼を済ませて、一路東京へ戻る。
ちなみに日光名物の湯葉は美味しくてお土産に買って帰る。 |
バスの中で寅さんの映画を見て、葛飾柴又の帝釈天へ。
お庭もきれいで、彫刻も素晴らしかった。 勿論高木屋の草もちも美味しかった。 旅って食べる事ばかり。
東京を首都高で横断して羽田へ。 東京の大きさ、車の多さ、乱雑さを垣間見て、やっぱり住むには広島がいいと実感して皆さん、帰路に着いた。
ご一緒して私も楽しかったし、皆さんとっても満足して帰っていただいた。 |
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4月27日(金)
ツアーと励ます会で皆様にパワーを頂いたのか、スゴ〜ク元気でスッキリ! 自然に体が動く。 ハルカの子守をしながら、娘の家の掃除と洗濯とお料理をした。
電話とメールで友人たちに励ます会に来てくれたお礼を言う。 年に一度の会を楽しみにしてくれているのは本当にありがたい。
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