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 11月の日記

11月2日(金)

ああ、もう11月。  今年もあと一ヶ月で終わり。  早すぎる。  

マスコミはクリスマス解散だとか、年明け解散と囃し立てる。  どうしても政局にしたいらしい。  確かに2大党首の密室会談があり、結果はともかく、サプライスだった。  福田さんが政策の部分連立を提示しているのに 「大連合」 の字がおどり、今解散するとどっちがお得?で騒がしい。

何時、何があっても良いように、とにかく歩くことだ。  お訪ねすると喜んでくれる。  忌憚の無い話も聞ける。  「先生がTVに映っていたよ」 と嬉しげに話してくれる。  それで又元気がそして勇気が出て、頑張ろうという気持ちになる。


11月3日(土)

晴天のスポーツ日和。  各地でグランドゴルフ大会や町民運動会が開かれている。  朝早くから開会式の掛け持ち。  ラジオ体操をしたり、2人3脚で一緒に走ったりした。  転ばなくて良かったあ、と本心から思った。  お昼からはその反省会?にも呼ばれた。  一種の打ち上げ。  皆さん楽しそうだった。  これが町内会の団結の元。


11月4日(日)

小沢さんの辞意表明には驚かされた。  衆参のねじれがあると政策が実現しないから、政策の是々非々で協議して、実現させるのは国民にとって良いことだとは思うが、2大政党を期待する国民にとっては足をすくうものだった。  

小沢さんの新進党時代からのやり方から今回のことが予想された。  もう少し踏ん張れば良いのに我慢が出来ず、壊してしまうのだ。  昔の苦い思いが蘇る。  あの時は党自体が無くなってしまった。

小沢さんほど強いリーダーシップを持った人が見当たらないから、今回のことで民主党の中は混乱するだろう。  今週の動きを世論がどう評価するか。  解散も現実的だ。  本当に一寸先は闇。


11月6日(火)

この辞任劇、一体何なんだろう。  この2日間マスコミに現れた民主党の人たちが口々に 「小沢さんは変わった」 「雨降って地固まる」 と叫んで慰留劇を正当化した。  涙の会見を見せて、国民が納得するのかしら。  民主党の底の浅さと経験の無さが露呈した。  いずれにしてもいつ破裂するか分からない爆弾を抱え込んだままだ。

仲介役をしたとされる人々も、老練といえば聞こえが良いが、今の時代に全くそぐわない。  時代の空気が読めない人々。  

このごたごたを学習するならば、政策ごとに、反対のための反対、賛成のための強行採決ではなく、双方歩み寄って国民のための最善の政策を実現して欲しい。  この6年間を無駄にしないために。


11月8日(木)

ミキのお宮参りとハルカの七五三を一辺に済ませようと、幼稚園の試験休み中の空いているウィークデーに着付けと写真館を予約した。  朝からハルカを連れて美容院へ。  髷を結ってもらい赤い着物を着せてもらって、器量よし?のハルカは本当に愛らしい。  ばあば冥利に尽きる。  

せっかくの着物も着慣れないので、写真を撮り終わるとすぐ脱いでしまった。  ほんの1時間も着ていたかしら。  せめて写真が出来上がるのを楽しみにしよう。  力尽きて神社へは改めていくことに。

ミキが生まれて一ヵ月半、これでようやくばあばのお役目御免。  後は娘が育児休暇中、思う存分きちんと、かつ楽しんで2人を育ててくれることを願うばかりだ。  

ハルカも 「兄弟は?」 と聞かれてもすぐ返事がまだ出来なくて、「姉」 という自覚が薄いがミキが可愛くてしょうがない様子を見るにつけ、良かったなあと思う。


11月11日(日)

増原とは一緒に居る時間が少なくて、中々話が出来ない。  東京と広島のすれ違いの生活。  広島に居ても、今日のように朝から二手に分かれて、それぞれ公民館祭りやら、お寺のお寄りなどなどのスケジュールをこなす。  明日は朝から国会対策もあり増原は夜の便で上京。

しまったあの話を聞いておくのだった、 これはどうしたら良いのかしら? あれこれ細かいことを話忘れる。  後から電話で聞こうと思っても、忙しかったり、会議中だったり、中々つかまらない。  それに機嫌のいい時でないとちゃんと聞いてくれないし。  普通の夫婦とはやっぱりちょっと違うかも知れない。  


11月12日(月)

ホテルのエヴェントで 「東京の著名な?イタリア料理のシェフ対決」 があって、ひょんなことから参加した。  シェフといっても厨房で料理するだけではないらしい。  舞台の上でレシピを紹介し、作り上げていく。  それが大きなスクリーンに映し出されていく。   

時々は気の利いた面白いことを言って笑わせる。  大宴会場に無数にあるテーブル一つ一つをまわって、挨拶し、求められれば握手に、サインに、記念撮影、、、  いわゆる人気商売。  あれっ、私だって同じ事をしている。  私も人気商売?  自覚が無いのが恐ろしい。  料理だけ作っていれば幸せなのに。


11月13日(火)

郡部が紅葉できれいだ。  赤や黄色、色とりどり。  暑さが続き秋が来ないのかしらと危惧したぐらいだったが、寒さは確実にやって来た。  四季があるから嬉しい。

かなり常葉樹が植林されているので自然がどれぐらい残されているかが分かる。

突然目に入った大きな黄色の塊。  近づいてみると大きなイチョウの樹だった。  古いお寺の境内にあった。

挨拶回り中、しばし目の保養。


11月15日(木)

2年後の5月から始まる裁判員制度の講習と実際の裁判の傍聴に行った。  裁判員になる確率は3500分の1だけど、前もって日本国民として心積もりはしておかなければならない。  この制度に対して賛否両論あるが、日本の国民と民主主義が成熟して来た証拠だから受け入れる努力をしたい。

裁判の傍聴はかなりショッキングだった。  手錠と腰紐をされた被告人、身につまされる事件の内容、例えば博打、サラ金、貧困、家庭事情、老齢化社会、、、すべてドラマのようだが他人事でない現実がそこにあった。

こうした人々に政治の手を、と言うのは簡単だが、すべてが政治が解決できるわけではないと思う。  一人一人が人間としてどう生きるか心構えが必要だ。  

それにしても、裁判官、検事、弁護人、裁判所の職員たちの、他人の人生を左右する重大な仕事をこなす真摯な姿に接して、感動した。


11月16日(金)

去年の秋にみどり会でもみじの木を10本植えて、どうなっているのかずっと気がかりだったが、立派にきれいな紅葉になっていたのでご報告する。

どれもが赤いきれいな色の葉を付けて里山にしっくり溶け込んでいた。

フリーマーケットで基金を作り、すでに400本あまり木を植えて来た活動がこのように実って行くのは嬉しい。  地道な活動ではあるがこれからも続けて行きたいと思う。

来年は以前植えた寒曳山の桜並木を整備しようと思っている。  雪でずいぶん倒れてしまったので、抜けてしまった所に植え直したい。


11月20日(火)

年末近くなって事務所での雑用が段々多くなった。  しかも長年勤めてくれた若い秘書が家庭の事情で辞めたので、一層忙しくなった。  増原が浪人中から、苦楽を共にし、辛抱して黙々と勤めてくれた。  選挙で知り合い、結婚もした。  いわば青春を私たちと共に過ごしてくれた。  本当に有難う。  頑張ってこれからを過ごして欲しい。


11月21日(水)

いつもボランティアで事務所を手伝ってくださった方が亡くなった。  お年を召してこの1年ほどはお出でにならなかったけど、いつも叱咤激励してくださった。  その声が今も聞こえる。  人が行き過ぎていくのは、世の常だけど、やっぱり寂しい。


11月23日(金)

忙しさや寂しさおまけに時雨の中の挨拶回りで少々風邪気味。  ボケをしでかした。  お祝いのお祝儀袋にお金を入れないで贈ってしまった。  笑い話でよく聞くけど、まさか私が、、、  でも入れていないことを思い出しただけでも立派、と自分に言い聞かす。


11月25日(日)

こちらは出したのに、弔電が届かず式で読み上げられなかった。  そのことで波紋が。  生前のご厚意に報うべく、誰よりも早くご遺体が家に帰られた時に伺い、お通夜に出、お葬式にも出たのに、その親戚から 「増原はどうした」 という声。  すべてが台無しに。  疲れがどっと出て、風邪がひどくなった。  原因は斎場の不手際。  これから事務所でもしっかり届いたか確認しなければ。


11月27(火)

とうとう熱を出しダウン。  あちこちが痛い。  一日中とろとろしていたら夜中に凄い汗。  これで風邪は終わりにしたい。  明日からはスッキリするかしら。


11月29日(木)

前々からお客様をお呼びしていたので、朝から準備。  家の中がきれいになって嬉しい。  皆さん、幾部屋もある大きな家に住んでるので、小さなマンションが珍しいらしく、見晴らしや家の中をぐるりと見て面白がってくださる。  楽しくおしゃべりして帰られた。


11月30日(金)

ミキがよく声を出してご機嫌だからと電話をくれた。  「アグー、、ギャオー、ギャー、クウー、、、」  電話の向こうで盛んに声を出している。  「ミキチャン、お元気?」 「アグーーー」 「ハルちゃんと遊んでいるの?」 「ギャー」 結構会話になって楽しい。  この所会っていないけどまたまたおデブになったらしい。  この頃は生活のリズムが出来て手が掛からなくなったみたい。  年末、会う頃にはどんなになっているかしら。

ハルカは来年の小学校入学の準備で、制服の採寸をしたり、ランドセルなどの一式を申し込んだという。  高校まで続いているから有難い。  セーラー服は赤いリボンで可愛くて、思い出一杯。  娘の小さい頃と重なって、思い描くだけで、胸がきゅんとなる。