1月1日元旦
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皇居二重橋 |
東京は抜けるような晴天。 皇居前から二重橋を渡って皇居の中に。 恒例の陛下の新年のお言葉を頂くために皇居に行った。 毎年、身を引き締めて一年を過ごすための私たちの行事。 今年は難局だから更に頑張らなくてはという思いが募った。 陛下はとってもお元気そう。 たった2、3段のところでも皇后様に手を差し伸べられ、おやさしい。
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乾杯をして、御節を頂いて帰る。
1人1つづつだから、2つの包みを頂いた。 |
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中身は鯛、特大のかまぼこ、栗きんとん、黒豆、松かさ焼きなどなど。 そして花びらもち2つ。 これでお雑煮を作ると美味しい。 |
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前の日から作ったお煮しめを加えて、息子と親子3人の元旦の昼食が出来上がった。 3日には広島に帰るから、お重も出さず簡単なお正月。 この夏に息子はアメリカに行くので 「来年は2人きりのお正月だね」 と増原は寂しそう。 |
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夕方から歩いて赤坂の日枝神社へお参り。 ミッドタウンのイリュミネーションが綺麗だというので、足を伸ばした。 2時間も歩いただろうか、気持ちよかった。 六本木のアマンドでお茶して帰る。 穏やかな元旦。 |
1月7日(月)
越年国会だから、昨夜から増原は東京に。 年明け早々マスコミは解散だ、とかしましい。 株価も下がって経済も不安定。 格差、老齢化、地球温暖化、深刻な問題が山積、こんな時に空白を作っていいのかしら。 ねじれを対話で克服して前に進まなければ日本の未来は無い様に思える。
1月8日(火)
事務所で挨拶にいらした方がたの対応やスケジュールの調整、そして年賀状の整理をする。 限界集落の悲鳴、国民年金のみの農村の高齢者の大変さ、環境の異変、介護の限界などなど地元の方がたの叫びが綴られて、身につまされるものが今年は多かった。 今までのツケがすべて吹き出た感じだ。 「先生、どうにかしてください」 「先生に期待しています」 政治家の責任は重い。
1月10日(木)
勉強会で講義を聴きたいが講師を呼ぶお金がない、あれこれ探していると、広島市に市制出前口座があるというのを知った。
100近いテーマがあって、担当の部署の人が出向いて話しをしてくれる仕組みだ。 身近な健康福祉から産業経済、町づくりまでテーマが豊富だ。
私たちは 「多文化共生の街づくり目指して」 と言うテーマを選んで3月の例会に出前をお願いした。 講演後いくつかのテーブルに分かれてワークショップをするつもりだ。 アクションを起こせるモティヴエーションを頂ければ嬉しい。
1月12日(土)
毎年、増原の大親友である広島の武家茶、上田流家元の初釜に行くのを楽しみにしているが、今年は増原が忙しく2人で伺えず、1人で行った。
今年は江戸時代に広島城内にあった上田家上屋敷を新しく再現した武家茶道独特の「鎖の間(炉を切り鎖で釜を釣った部屋)」を使った初めての初釜。 新しい木や畳の清清しい匂いの中で行われた。
書院とお茶室を結ぶ渡り廊下も出来上がり、和風堂の風景が一変した。 すべてが完成するのは今年の秋になるとかで、広島の唯一の伝統文化を守るのは並大抵のことではないと実感した。
1月13日(日)
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トンドが各地で行われた。 いっせいに行われるので、例のごとく増原と手分けして行った。
学校の校庭や公園、河川敷や田んぼなどの広い所がないとすすや火の粉が飛んで危ないから、市内ではするところがだんだん少なくなって行く。 |
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残っている所は高さを競っている。 立派なやぐらを組んで竹を這わせる。
藁で火をつけると、勢いよく燃えて行く。 煙が渦を巻いているのはまるで龍が空に昇って行くよう。
勿論、置き火で暖めた竹酒と焼いたお餅のおいしさは格別。 |
1月15日(火)
今年は広島で毎年している新年互例礼会を時期をずらして3月1日に 「新春の集い」 と言う名目でする。 後援会の皆様に集っていただくのは年に1回にして集まりやすくした。 その案内状を送る作業が始まった。 お手伝いの方たちが来てくださって、口も手も動かして楽しい作業だ。 何万通と出すので本当は気が遠くなるような作業だけど、それを楽しく出来るのは皆さんのパーソナリティーのお陰だ。 まずは、国会ツアーのお知らせの紙を印刷し、三つ折にする作業。 口も手も良く動いて、「進み具合が早いんじゃない」 と誰もが思った。
1月16日(水)
ところが、突発的に事故発生。 宛名のタックシールがうまく印刷されない事態に。 コンピューターの神様のオタスケマンにお願いするが中々直おらない。 いつもわが道を行く1人を除いて、事務所の担当のマリコチャンはもとより、私も真っ青。 「どうしましょう」 「いっそ手書きにする?」 「数が多すぎて出来ませんよ」 「オタスケマンがしっかり直してくれるわよ」 「間に合わなかったらどうしよう」 「いつもどうにかなるじゃない」 当分寝られない夜が続きそう。
1月18日(金)
夜になって、マリコチャンから 「直りました!」 と電話。 良かった! 何回もこうした修羅場を経験しているから、大丈夫とは思っていたけど、ヒヤヒヤものだった。 「いつもどうにかなるわね」 「うちって、不思議な事務所ですよね」 と安堵。
1月19日(土)
またまた朝から電話。 「プリンターがうまく動きません!!」 悲痛なマリコチャンの声。 あれこれしているうちにどうにか動き出した。 機械って不思議だ。 なだめてすかしてやさしくすると動くみたいだ。 「これが選挙中ではなくて良かったわね」 万全を期すために機械を新しくしたいが先立つものがない。 当分やさしく扱うしかないみたい。
1月20日(日)
地元のこのあたりではお寺を中心とした ”同行” がまだ残っている。 昔はこの組単位でお葬式の手伝いをしたり、物事を決めたり、寄って親睦したり、町内会の元祖だった。 年に2回あるお寄りがお寺であった。 お経をあげ、住職のお話を聞き、親睦をする。 先週 ”とんど” で出会ったばかりだけれど、場所が変わればまた気持ち新たに新年のご挨拶をする。 日本的な親睦をするのにお酒は欠かせない。 昼間から飲んでしまった。 仲間に入れてもらって10年、やっと馴染んで来た気がする。
1月21日(月)
今週末の出来上がりを目指して、今日から案内状の封筒作りの大作業をお手伝いの方がたとする。 入れ替わり立ち代り、それぞれの自由な時間を割いて来て下さる。 有難いことだ。 事務所に立ち寄って下さる人も、見かねて? 「悪い時に来ちゃったなあ」 と言いながら手伝ってくださる。 封筒の山を見ていると気が遠くなるが、皆さんの協力で 「大丈夫、どうにかなるわ」
1月23日(水)
朝から封筒作り、夜は新年会と、今週は朝から晩まで休む暇がない。 でも疲れがないのは皆と一緒に作業して大笑いしているせいだ。 手も動かすが、口も動かし、それぞれの話が個性的で面白いから、大笑いする。 今週で確実に笑い皺が増えた。 情報交換も飛び交い、しんみりとした人生話もあり、ここに手伝いに来ると、暖房代もかからず、大いに笑い、勉強になると言って下さるのはおせいじでも有難い。
1月25日(金)
単純作業だから、近所にお昼を食べに行くのが楽しみになる。 1人では行けない所へ行けるから、最近事務所の並びに出来た牛丼屋へも行ったし、増原が大好きなラーメン屋にも皆で行った。 このラーメン屋さんは美味しくて、美味しくて2日続けて行ったりもした。 ねぎラーメン、激辛ラーメンがお勧め。 元気が出て、頑張って、夕方には作業が終った。 皆さん、有難うございました。
1月26日(土)
作業はまだまだ終らない。 事務所で、郵便番号ごとに封筒を仕分ける。 同一番号が1000通集まると割り引かれたり、その他色々な割引があって、ケチケチ事務所だからこまめに利用する。 それで仕分けが大変になる。 郵便が民営化したのに、宛名シールにバーコードを入れているのに、この作業がいつまでも楽にならないのはどうしてだろう。
1月27日(日)
いくら元気でも、今週はやっぱり疲れた。 増原にも 「大変だったのよ」 と何回も言う。 「僕も大変だったんだ」 国会対策で色々な案を出して、予算通過に余念がないようだ。 それに暫定税率がいかに必要か説明する資料を作ったりして忙しかったらしい。 http://masuhara.com/archives/87
「暫定税率を見直して新らしく念願の環境税を付けるのも一案よ」 「民主党が協議に乗ってくれれば、話し合いの余地はあるかもしれない」 「これからね」 「そうだね、明日から予算委員会が始まるからね」 「先は長いわね」 朝の短いひと時の会話。 午前中から会合や国政報告会をこなして夕方の便で上京して行った。
1月28日(月)
連日小雪が降って寒いこと。 家にいても寒いから、いっそのこと外へ。 ケチケチ事務所だから、郵便代節約のために、家の周りの支援者のお宅へ 「3月の集い」 の案内状を郵便屋さんのように配って歩いた。 雪で濡らさない様気をつけながら、2時間ほど。 良い運動になって体も温かくなった。
1月30日(水)
寒いせいか、お葬式が続く。 同じ町内だったので、住職も同じ、お帳場の人たちも、参列者も殆ど一緒。 「続いて〜」 「お疲れ様です」 「ご苦労ですなあ」 と挨拶が交わされる。 ご町内の人たちはさぞ疲れたに違いない。
1月31日(木)
増原は「つなぎ法案」の議員立法の提出者の一人になって、凄く忙しそうだ。 民主主義の崩壊かのように、マスコミは悪法扱いするが、あくまで民主党を審議の場に出すための法案だと思う。 マスコミに名前と顔が出なかったのが良かったのか、どうだったのか。 「そりゃ〜 出た方が良かったよ〜。 顔を売らにゃあ〜。」 と支援者。
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