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 3月の日記


3月1日(土)

新春の集いの日。  始まる30分前に増原は東京から帰ってきた。  ほっと一息。  沢山の方々が来て下さる。  おなじみの顔、顔、顔。  本当に嬉しい。  

増原が今、国会の中で、そして予算委員会の中で政策的に中核を占めていることを来賓が話して下さったので、皆さん納得してくださったと思う。  国会での活躍は地元には中々伝わりにくいものだ。

会場を回っていると、思いがけず若い女性の記者さんが 「奥さんのブログのファンです」 と声を掛けて下さった。  郡部のおじいちゃんも 「見てるよ」 サラリーマン風の方も 「見てます」 と沢山の方がたが声をかけてくださったのには飛び上がるほど嬉しく励みになった。

皆さんと話していると時間がたつのが早い。  人が沢山おられたのでまだまだと思っていたのにもう中締め。  北部の後援会長は92歳とは思えないほど、お元気な通る声で万歳三唱をして下さった。  会の名物、開始のお謡いとこの万歳と沢山の励ましのお言葉で、 さあ、また頑張ろう!!!と思う。


3月2日(日)

うららかな日曜日、近所の梅林公園で 「はるこい祭り」 があった。  今年は寒かったから梅は5部咲いているかしら、でも良い匂いを漂わせていた。  沢山の家族連れで賑わった。  増原と会場を一周して、梅の苗木を買った。  植木鉢で育つか心配だが、ベランダで梅見が出来ますように。


3月3日(月)

増原の予算委員会での質問の速記録を読むと、埋蔵金と呼ばれるものは外為特会を含む特別会計のことだが、円高で101円になると含み損で外為特会の積立金はなくなってしまう、とある。  今日は円高で102円になった。  101円までもう一歩の所だ。  実際、予算にはこの外為特会のお金、2000億円を繰り入れている。  埋蔵金を当てにする話は本当に怖い話だ。

この質疑は経済や予算そのものの質疑で、問題点を突いていて面白い。  グローバル化している世界の経済の中でのリスク管理、デフレはすでにないこと、ベースアップの必要性、そして内需拡大のことなど。  TVの中継はないが、こうした地道な質疑が積み重ねられていることを本当にわかって欲しい。  


3月4日(火)                                          

昨日はミキチャンの初節句。  女の子の2人だからやっぱりミキチャン用のお雛様も、と思って知り合いの京都の人形師にお願いした。  

娘は2つも要らない、しまう所がないと良い顔はしなかったが、ばあばの特権で強行した。

娘とハルカの時はおおババが張り切って、木目込みを作った。  のんきにしているとまたおおババが乗り出してくるから、今回は私も素早く、一度ぐらいは私の好みでと張り切った。




そこに、趣味でお人形つくりをしている友人がお雛様を下さった。  江戸縮緬の素晴らしい着物を着た可愛いお雛様。  ばあば用にとって置きたかったけど、せっかくだから東京に送った。  
お蔭さまで、にぎやかなお雛様だったみたいだ。




3月6日(木)

ポスターを貼るのは本当に難しい。  場所が良い所の地主さんにお願いして看板を立てさせていただくのだが、地主さんを探して承諾を得るまでが大変な作業だ。  何度も足を運ぶ。  

OKをとっても、後から 「勘弁して欲しい」 というお断りが来たりする。  この間も、とっても場所が良い所のOKを頂いて、小躍りして喜んだのだが、ぬか喜びだった。  旗色を鮮明にするのは、商売している人にとって難しいことなのだ。  

増原を応援しています、ということが一つのステータスになるよう増原もならなくてはいけない。  今までポスターを貼っていただいている支援者の皆様には心からの感謝を申し上げたい。


3月7日(金)

「代議士の奥さんってとっても忙しいって聞いているけど、どんなふう?」 と友人から率直な質問をされた。  勿論忙しいの一言に尽きる。  忙しくすれば切無く忙しい。  痩せる暇もないぐらい??  小さなお店のおかみさんのように電話番から何でもする。  事務所の中のこともあるし、対外的なこともするし、地元を歩くこともする。  ウィークデイも土日もお構いなし、朝から晩まであれこれ、あれこれ。  東京との往復もある。  でも自分を見失わないように自分の時間を持つことも大事だ。  家族もいるし、老いた両親も居る。  心のバランスを保つために忙しい中、自分の時間を持つように心がけている。


3月9日(日)

増原が 「政経人」 という雑誌に出るので昔の写真が沢山いる、ということで家中のアルバムをひっくり返してあれこれと探してみた。  沢山で映っているのは他の人に迷惑がかかるし、一人でも角度が悪かったり、ぼやけていたり中々これというのが無くて困った。  探しているうちに私のお宝写真が出てきた。  以前名古屋で写した、ドミンゴとのツーショット!  



3月11日(火)

毎年恒例の広島交響楽団の応援チャリティーの会に行く。  去年は広島市からの助成金が無くなり、今年は国からのが無くなってしまったそうだ。  市民が応援しなくては!  今年の催しは小学生の指揮、と思ったらたった2人。  女子アナが5人もして、ちょっとうんざり。  可愛さの違い。  小学生を10人も呼んだのなら、小学生だけ指揮させたらご愛嬌も良かったのに。  残念。  


3月13日(木)

広島市では市政を浸透させるために市の出前講座をしている。  http://www.city.hiroshima.jp/www/contents/0000000000000/1155788627261/index.html
多々あるテーマから、私が属している勉強会は 《多文化共生社会に向けて》 を選んで、今日、講義をしていただいた。  これから人口が減って、外国人の労働力がなければ日本はやっていけなくなる。  確実に外国人と共に暮らす社会が来るに当っての心構えを考えた。  昔ロンドンに住んでいた頃、子供たちが通っていた現地校の校長先生の言葉が思い出される。  「違いを認め、理解し、尊重し合う」 日本人同士でさえ、違いを認めない社会だから、心構えが浸透するのはかなり大変だと思う。


3月14日(金)

春が来た。  暖かい日が続いている。  戸外に置いてある水瓶のめだかが動き出した。  でも花粉や黄砂がもの凄くて、外を歩くと花粉症でもないのにくらくらする。  罹ってしまったかな、とヒヤヒヤしたが微妙なお年頃のせいみたいだ。  季節の変わり目は体を大事にしよう。


3月15日(土)

ライオンズで献血運動のお手伝いをした。  黄砂も無いぬけるような青空の天気の良い日だったから、気持ちも前向きになるのかしら、沢山の人が献血してくださった。  若い人だけでなく年配の人も多かった。  雑談していたら、中には65回もした人もいて、健康の証としていしているそうだ。  血圧の薬でも、前日歯医者に行っただけでもダメだから、相当元気な人、と感心する。  私は狂牛病の関係で、ある時期にイギリスに居たというだけで問診で撥ねられた。  


3月17日(月)

ハルカが幼稚園を卒業した。  2年間はあっという間だった。  当初は娘がまだ働いていたから、向こうのお母さまと手分けして、2人でお迎えから夜まで預かって大変だったが、後半のこの半年は2人目が生まれて育児休暇に入ってお役目御免になり、娘も他のママたちと幼稚園ライフを満喫したようだ。  

ばあばの会も出来て、かり出されたばあばたちと私も楽しかった。  高校まで続いているから、これから18歳の高校卒業まで皆で姿を見届けたい。  

卒園式に謝恩会、おまけに夜はママたちとお食事に行くからミキチャンを宜しく、と朝からポンと預けられた。  「私のおっぱいは出ないわよ」 と叫んでも ただ 「宜しく」 と行ってしまった。  お天気が良かったので、ぐずるとベビーカーに乗せてお散歩、よく寝てくれた。  おなかがすけばおかゆと湯冷まし。  夜までどうにか過ごせた。  「2次会に行きたい」 と電話。  「たいがいにしなさい。  乳飲み子がいるでしょ!」  


3月19日(水)

日銀総裁が決まらない。  政局にしたい反対のための反対だから、誰を出しても民主党は反対するに決まっている。  やり方が悪いせいだと思うが、1人総理のせいかしら? 誰のせい?  国民がこのねじれ体制を作ったのだから、国民のせいというのは極論だろうか?  こうなったのは国民の民意?  何も決められない主導者不在の民主党はダダをこねるだけ。  このような結果は目に見えている。  

簡単に東大卒や財務省はダメだというが、こつこつと勉強をして、公的な仕事をして、ノブレスオブリージュとして身を律っして来た訳だから適任者ではある。  民間人で超越して財政金融を考えられる人、資産公開しても世論から攻撃されない人がいればいいけど。

日銀総裁人事に限らず、これからの混乱は政治だけの責任ではないと思う。  初めてのねじれ国会を選択した国民は混乱を選んだわけだから、私たちの相当な覚悟が要る。


3月20日(木)

飛行機代が春休みで特割でも高くなった。  往復4万円弱。  勿論自腹。  一度上京したらあれこれと用事を済ませねばと、子守やら、80歳を超える両親のご機嫌伺いやら、掃除やら、、、合間を縫って高校時代の友達と会う。  皆、年老いた親のことで忙しい。  介護のいろいろな情報を交換する。


3月21日(金)

珍しく夜増原が早く帰ってきて、一緒にTVでフィギアスケートを見た。  増原は真央ちゃんが可愛いと以前からの大ファン。  華がある、手足が長い、勿論技術も凄いと手放し。  転んでもひときわ素晴らしいスケーティングだった。  優勝が決まった瞬間は2人で涙。  ティッシュ箱を手放せなかった。  


3月22日(土)

広島市内で国政報告会。  TVや新聞だけでなく今時の話を生で聞きたい、という方が多かった。  一体どう考えたらよいのか、マスコミの話もなんだか一方的で変だから、筋の通った話を聞きたい、という。  1時間あまり熱心に聴いてくださった。  責任与党として今年度の歳入欠陥はどうしても避けたい。  2兆6000億が入ってこなければ国債を発行せざるを得ないがこれ以上の財政負担は間違った方向。  しかし、道路特定財源を一般財源化する。  などなど。  こつこつと愚直に実情を話して理解していただくしかない。


3月24日(月)

東京では桜の開花宣言がすでに出て、桜が咲き始めたみたいだが、その前に広島に帰ってきてしまい、東京での私の散歩道の千鳥が淵の桜は今年は見られないかもしれない。  残念。  広島はまだまだ。  さくらんぼの桜が少し咲き始めた程度だ。  結構毎日寒くて、春めいた日差しに浮かれて薄着すると風邪を引きそうだ。  


3月26日(水)

事務所のマリコチャンが休暇中で、事務所はてんてこ舞い。  「有難味が分かります」 と、男性ども。  本当にうちの事務所はマリコチャンでもっている。  「帰ってきたら、優しくしてあげてね」


3月27日(木)

思い切って、着物を整理した。  私の癒しの手仕事の素材の古い着物が沢山、本当に沢山集まってしまい、家の中に山済みに、収納しきれなくて事務所にまで進出。  車の中まで。  まずは作業所に何かの足しにと思いダンボール5,6箱を持っていった。  それでもまだまだ。  友人宅にどさっと持って行ったり、捨てたり、整理するのが大変だ。  物に囲まれている80の母が身軽できないのを見ていると、ああはなりたくない、今のうちからと、焦る。


3月28日(金)

挨拶回りで郡部へ。  山の頂にはまだ雪が白く見える。  道路わきにもあちこち残っている。  温度計は7度。  ここの春はまだ遠い。  

行きかう車は少なく時折デマンドバスが走っている。  合併したのに旧町ごとに病院がある。  そのうちの一つが診療所になった。  3人のお医者さんが居ないと成り立たない病院が1人きりになってしまったのだ。  他の病院も時間の問題かもしれない。  どこからも20分で着くように道路整備をするというのが合併時の話だった。  

道路財源を一般財源化すればヘリコプター輸送の整備も可能かしら?  それにしてもガソリン税の暫定税率分は財源として必要なのじゃないかな。  暫定がダメなら環境税とか、炭素税と名前を変えればいい。  この地球温暖化にガソリンに環境税が付いていない国なんて恥ずかしいし、私たちだって受け入れる度量はある。


3月30日(日)

コンタクトレンズを片方なくした。  さあ入れようとしたら片方がケースにない。  外した時、無意識にしたせいできちんとしまわなかったのだ。  悔しい。  高校生の時から使っていて、今まで何回なくしたか分からないがいつも悔しい思いをする。  掃除した後だったから、掃除機のゴミを広げてみたり、洗面所の配管を外してみたり、おまけに水浸しにしてしまい、散々だった。