8月1日(金)
「ありがとう」 結構元気な声で85才を迎えた父から電話があってほっとした。 この猛暑でどうしているかしらと心配だった。 今日が誕生日なので、簡単水彩スケッチセットと着替え用にユニクロのポロシャツ数枚をプレゼントに送っのだ。
少し前までは油絵を描いていたのに、面倒になって描かなくなってから久しい。 スケッチなら簡単に出来るだろうと、少し生活にはりを持って欲しいと思って送った。 ともかく元気で長生きしてい欲しい。 ハッピー・バースデー!!
8月2日(土)
8月の第一土曜日は恒例盆踊りの日。 これまではこの日に集中してたのに、今年は第二土曜と少しバラケて開催され助かった。 何しろ今は暗くなるのが7時半過ぎ、それから終了する9時までの一時間半に4ヶ所も5ヶ所も回らなくてはならないので時間との勝負だ。
遅くなって、人が帰るのをかき分けて本部席へ着き、「今頃、どうしたん」 なんて言われたりしたが、今年はうまく行った。 各所で沢山の人に出会えて、言葉を交わすことが出来て嬉しかった。 私は4ヶ所、増原は7ヶ所回って、家で冷たいビールで 「ごくろうさまでした」
8月3日(日)
夕方から国政報告会。 暑さにもかかわらず沢山の方々が来てくださった。 有難うございます。 増原の話は前向きだ。 盛りだくさんの内容だが、分かり易く頭の中にストンと入る。 説明能力バツグン。 きちんと説明できないタレント議員ではなくてこういう議員をTVに出して欲しい。 (私の切なる願いです)
8月5日(火)
朝の新聞に辞令が出て副大臣になった。 早速、朝早くお祝いのメールが来た。 「有難う、貴女も早起きねえ」 とお返事した。 地元の方がたや東京の友達が喜んでくれて、嬉しく思った。
暑いから夏用のモーニングがあればと思ったけど、用意していなかったので 「冷房が効いているからいいよ」 と、合ので皇居へ。 認証式は陛下自らの手で証書を頂いき、陛下からは「重責、ご苦労様です」 というお言葉を頂いたそうだ。 やっぱり緊張したらしい。 返事してはいけないのに思わず 「はい」 といいそうになったと言っていた。
内閣府副大臣、仕事の内容が多岐にわたって居るけど、一番は福田政権の目玉である、消費者庁の設立のために法制化することらしい。 官僚出身だからそこは慣れたものだろう。 地元を回る時間が欲しいから、副大臣に手を挙げたのに、以前よりも忙しくなりそうだ。 それでも、何よりも地元の方がたが喜んでくださったのが嬉しい。
8月6日(水)
原爆記念日。 川内の慰霊祭に行く。 夏になると広島は原爆一色になる。 年々風化していくのを食い止めようと必死で努力している。 でも沢山の若いお母さんたちが子供たちを連れてお参りに来ている。 特別なことではなくお参りする習慣として次世代に伝えていくのが良いと思った。
毎年のことだけど、一年がすぐ来る。 ちゃんと用意していたのに、日傘も扇子も忘れる。 式典だから日傘をさすわけにいかないし、今朝はそよ風があって、助かった。 それでも暑くてのぼせて家に帰った。
8月8日(金)
北京オリンピックが始まった。 熱気と人の多さと音の凄さにスーパーパワーを感じた。 鳥の巣全体が花火で覆われた時はまるで会場全体が爆発したようだった。 13億人の人口はその一割の人々が裕福になれば、日本の人口に匹敵する人々が裕福層になる。 そのパワーに、この猛暑でバテ気味の私は付いて行かれない。
8月9日(土)
盆踊り第二弾の夜、手分けして回る。 もうお休みに入ったせいか、人が少ない。 それでも、役員さんたちは朝から櫓を組んだり、テントを張ったり炎天下の中準備が大変だったが、夜終っても、今夜中に元に戻すので一日中大仕事だ。 本当に何事も続けていくのは大変です。
顔見知りの支援者の方たちが口々に、 「副大臣、おめでとう!」 と言って喜んでくださるので、成って良かったのかな、と思った。
8月10日(日)
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「打ち水大作戦」 というご町内の催し物が夕方の5時から始まった。 照り返しで、すでに地面は38.8度という温度。 地上から1.5mのところはこれより3度ほど低い。 この暑さがすでに7月中旬から続いている。 早く涼しくなあ〜〜れ!と打ち水をした。 それでも2度しか下がらなかった。 増原は夏になると子供の頃にしたこの打ち水が大好きでお風呂の残り湯を玄関やベランダに朝晩まくのが趣味?だ。 家中を水浸しにして私が後から雑巾を持って追いかける。 結構辛い趣味。 早く涼しくならないかな。 |
8月11日(月)
水泳の北島君が金メダル、しかも世界新で、59秒を切った記録は素晴らしい。 柔道の内柴さんも日本人を元気つかせてくれる快挙だ。 嬉しい! おめでとう!
柔道は勝ち負けがはっきりしている面白い競技だ。 世界中に浸透して、世界中に強い人が一杯いる。 子供の頃、ベルギーに居た時、数少ない日本人の中に柔道の先生が居た。 あんな昔から世界中に柔道を広めていたのだ。
日本人が出ない試合も見ていると面白い。 ウズベクスタンやタジクスタンなどの中央アジアの選手が勝つと 「アラー!」 と言っているように両手を上に広げている。
国技と言うこだわりは大事だが、世界中を敵にするのは大変だ。 一本勝ちにこだわるようなスタイルを持つことが大事だなと思った。
8月13日(水)
案の定、一本勝ちで谷本さんが金メダル! おめでとう! 体操の銀メダルも素晴らしい。 内村君が可愛い。 すんなり超難度の離れ業をして高得点、これからが楽しみ。
TVばかり見ているわけには行かない。 昨夜はお通夜、今日はお葬儀、それに我が家のお墓参りも。
8月15日(金)
東京で早朝散歩に出た。 いつものとおり千鳥が淵経由北の丸公園へ行こうとしたら、入れない。 そうだ、今日は終戦記念日、武道館では記念式典が行われるので、通行禁止に。
途中の戦没者墓苑の前ではジョギングしている人が立ち止まって礼をしている。 私も靖国神社へお参りに。 早朝なのに沢山の人、丁度時間なのか境内で突然ラジオ体操が始まった。 こんな日でも、するのが可笑しい。
そういえば何年か前のこの日、このあたりは騒然としていた。 小泉さんが参拝すると言うので、ヘリコプターが何台も上空を旋回していたし、機動隊の車も、人も多かった。 SPも沢山出て異様な雰囲気だったことを思い出す。
今年はそれぞれのお参りが規制も無しにゆったりと行われている。 これこそ終戦記念日にふさわしい。 地元にいる増原の気持ちと一緒に参拝した。
8月16日(土)
この暑さで実家の両親も低調だ。 どこへも行かれなくて家でじーっとしている。 それで体調が悪くなる。 どこかへ連れ出さなくてはと思うけど、私もこの暑さでは元気が出ない。 実際、母のひっきりなしの話を聞くだけでもバテる。
8月18日(月)
副大臣になってから初めて議員会館の事務所へ行った。 狭い事務所にお祝いの鉢植えが所狭しと置いてある。 置ききれないので、内閣府にある副大臣室にも半分持って行ったそうだ。 電報の束も半端ではない。 お祝いをしてくださって、心から御礼申し上げます。 増原は気持ちを新たに仕事をするぞ、と張り切っている。 私としてはもっと地元にいる時間を増やして欲しいのだけれど。
8月19日(火)
近所に住むハルカが水泳の早朝集中講座に通っているので、朝送り迎えをする。 手を繋ぎ、2人であれこれと話しながら歩く。 水泳している間、私も早歩きで汗を流す。 身も心も軽くなって、なんだかとっても朝から嬉しい。
ミキちゃんは2,3歩、歩くようになって可愛い。 知恵もついてきて、中々のもの。 抱っこをせがまれ、抱っこすると上から見える触ってはいけないものを次々と見つけ、触りたがる。 意思がはっきりしている。
8月21日(木)
ハルカと2人で上野の東京都美術館のフェルメール展に行く。 7点も来ていたが、 「フェルメールってどこがいいの?」 とがっかりする人が多いのではないかしらと思われる展覧会だった。
一番の目玉 「絵画芸術」 が作品保護のため、ウィーンから来なくなって、フェルメールの素晴らしさが分かりにくい作品ばかりだった。 良かったのは 「小路」 と 「ワイングラスを持つ娘」 ぐらいかしら。
フェルメールの凄さは、同年代の作品が展示されている中、ひときわみずから光り輝くような画面に静謐さと気品を漂わせて、見る者の目をくぎづけにする。 そのような作品が今回の展覧会には無かったのは残念だった。
でもフェルメールの追っかけにとっては、わざわざアイルランドやスコットランドやドイツまで行かなくて済んで大助かりだ。 おまけに個人蔵のまで見ることが出来た。 私もこれで、4作品が加わって見た作品は全部で29になった。
暑さのせいか人も少なくて、見やすかった。 上野の公園も緑か多く、大道芸人が何人も居て楽しい。 ハルカも大満足で、今度は博物館に一緒に行く約束をした。
8月23日(土)
緑井の星空祭りは例年に無く涼しい夜だった。 何か羽織っていないと寒いぐらい。 お盆が過ぎて過ごしやすくなった。
舞台での出し物に 「よさこい踊り」 があって楽しそうに踊っている。 最後に踊り手募集中とアナウンスされたので、思わず手を挙げた。 前から踊ってみたかったし、おばさんでもよいというのでこれから参加することに。 月2回の練習が楽しみだ。
8月24日(日)
オリンピックが終った。 数々のドラマがあり、結果を得られた人、不本意な人、さまざまだ。 最後の男子マラソンは驚異的だった。 日本で教えられた 「がまん」 が役立ったそうだ。 何事も達成するまでがまんが必要だ。 それを体現したようなワンジル君の走りっぷりだった。 がまんできなくなってきた日本の若者も教えられたに違いない。
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