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マイ・シルク・ロード・パートU
イランへの旅
4月30日(月)
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テヘランの空港近くのアーザディータワー
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定刻より4時間半遅れで成田を出発。
ノー・プロブレム!
「何事も神の思し召し」 の旅が始まった。
日本のきっちりとした時間観念をしばし捨てて、なるがままに任せる心地よさに委ねる。
「いつか着くわ」
イラン・エアーの機内では禁酒。 機内から出る時は、女性はマフラーで頭髪を隠し、コートなどで体の線を隠してから。
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5月1日(火) |

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ホテルにチェックインしたのは午前4:30。
ベッドに横になるが、8:00出発だから興奮して寝られない。 目を開けると天井に変なものが、、、メッカの方向を示す矢印でした。
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国内線に乗って南のシラーズヘ。
標高が1600mと高く、爽やかで緑豊か、花々が咲き乱れている。 どの花も香りが強く、良い匂いが辺りに漂う。
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古都シラーズでいくつかのモスク、廟、バザールを見学した。
内部全面鏡のモザイクで出来た廟も有ってびっくりした。
モザイクやタイルがどれも美しいペルシャ模様の唐草が多い。
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子供たちが、ひとなつっこく、無邪気で可愛いかった。
大人も皆親しみを持って近づいて来てくれて、幸福そうに見えた。
エラム公園では幼稚園児たちが歌を歌ってくれた。
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イランは若者の人口が多く、この年代の失業率も高いが、イスラム教は大家族主義で、家族全員でサポートしているので若者が街で所在無くたむろする姿は見えなかった。 |
バザールは庶民の生活ぶりが覗えて楽しい。
金物屋さんのディスプレイも嬉しくなる。
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5月2日(水)
2500年前の遺跡、ペルセポリスへバスで行く。 かねてからの私たち念願のペルセポリスへ。 夢のようだ。 真っ直ぐな道の遥かかなたに山を背にした遺跡が見えて来た時の胸の高鳴り、階段を上って、遺跡を目の当たりしたときの感動は言い表せない。
ここがアケメネス朝ペルシャの春の儀式用宮殿、諸国から列を成して来た貢物を受け取った謁見の間、あのアレキサンダー大王が打ち払った大宮殿、ペルセポリス。
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葡萄棚の木陰があるレストランで昼食。 乾いた風が心地よい。
午後はササン朝ペルシャのレリーフが4つもあるナクシュラジャブ遺跡、キュロス2世のお墓とアケメネス朝最初の首都のパルダガエ遺跡、アケメネス朝の4人の王の墓やレリーフがあるナクシュ・ロスタム遺跡などを見学。 |
羽を持った天使の彫像はゾロアスター教時代のもの。 天使の発祥はゾロアスターからと言うのでびっくり。
遺跡をたっぷり見て空路イスファファンへ。 なぜか予定の10分前に飛行機は出発、着いたのは30分も早かった。
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5月3日(木) イスファファンは人口約250万人、イラン第3位の都市だ。
かねてからの交通の要衝、ティムール朝に栄えたサマルカンドと肩を並べるほどの大都市だった。
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町の中央に大きなザーヤンデルード川が流れ、その恩恵を受けて街中は街路樹が植えられ緑が一杯だ。 この川は海に流れるのではなく、砂漠に消えてしまうのだとか。
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市の中央にあるイマーム広場は広大で 「イスファファンは世界の半分」 と言われたほどキャラバン隊で賑わった。
ぐるりと周囲を囲む建物とウラ側は広大なバザールになっている
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このエマーム広場で午後から、たそがれ時、夜のライトアップまで過ごし、往時に思いを馳せた。
5月4日(金)
半日バスに乗って一路ヤズドへ。
途中、隊商宿キャラバンサライの廃墟や地下水路であるカナートを見学。
後はただひたすら荒涼とした乾燥地帯を走る。
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着いた先は緑あふれるホテル。 当たり前だが、水が無いと緑も無い。 水があるから緑がある。 水は宝物と改めて実感する。
5月5日(土)
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ヤズドは今もってゾロアスター教徒の町。
郊外の沈黙の塔へ行く。 かつてゾロアスター教徒が風葬に使っていた。
この高い丘の上まで登ると日干し煉瓦を積んだ丸い塔があり、その中央に大きな穴があってそこに風葬した。 |
今もある拝火教神殿では1500年もの間絶やさなかった聖火がある。
旧市街はまるで迷路のよう。
日干し煉瓦と土の町は塀が高く太陽をさえぎり、涼しく散歩をした。
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この迷路の一歩中に入ると中庭があってそこにはまたまた緑と花々ががあふれていた。
豊かな生活が垣間見える。
空路1時間半遅れでテヘランへ。
それでも忍耐強く空港で友人が待っていてくれた。 久しぶりの再会。 イランで会えるなんて!
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5月6日(日)
昨夜はツアーから離れて友人宅に泊まった。 日本そばで歓待してくれて、夜中まで話しこんだが、朝はゆっくり起きて何だか疲れが取れたよう。 |
テヘランは今だ雪をかぶった4000m級の山脈のふもとにある。 山の手と下町の標高差はかなりで降りていくと耳がツーんとしてくる。
山の手は涼しく、緑豊かだ。 そこにパーラビー王朝の夏の離宮があって、中は豪華絢爛フランスロココ調、見事なシャンデリアに見事なペルシャ絨毯があった。
中心部にあるイラン・メッリー銀行の地下、宝石博物館には尋常でない宝石の数々があった。
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乾燥した土地だけど、見上げると真っ白な雪をかぶった山々。 地球の3分の一は砂漠だという。 そんな地域でも、水を大事にし、水の恩恵を受け、緑豊かに暮らす。 水の有難さを思い知った旅でした。 |
5月7日(月)
またまた3時間遅れで飛行機は日本へ出発。 「いつか着くわ、日本に!」
知識豊かで日本語が素晴らしかったガイドさん。
こまめにかいがいしくお世話くださった、可愛い添乗員さん。
個性豊かな、旅慣れたツアーのメンバーの方がた。
テヘランで迎えてくれた友人。
楽しさ、面白さ一杯の旅行が出来て感謝です。
イランに行ってよかった!!
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