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マイ・シルク・ロード

                                   2004年夏   


私たちのシルクロードの旅は西安から始まった。  かつての長安、今も周囲12kmの城壁が残る。  長安の時代はこの3倍もの大都市だった。  


                                                                  


近郊にある秦の始皇帝陵と兵馬俑坑博物館にはスケールの大きさに圧倒された。






 敦煌。  砂漠の中にあるオアシス。  飛行機から見ると、ここだけが緑に囲まれた町だった。  漢民族だけでなくウイグル人たちも多く、町ではシシカバブを焼いて売っていた。 









駱駝に乗って砂でできた山、鳴沙山へ。  「月の砂漠」の心もち。  駱駝の乗り心地もよかった。
莫高窟はとても整備された観光地で、崩れた窟はコンクリートで固められ、ちょっとイメージが違った。  ここに何百も有る窟を手で掘っていき、壁中を釈迦の絵で埋め尽くすパワー、信仰の力は凄いものだ。  左の7階建ての建物の中には建物一杯の大きなお釈迦さまが座っておられた。  




 

こんなに小さな飛行機に乗って、新疆ウイグル地区の首都、ウルムチへ。 ウイグル人が多く、日常はウイグル語を使っている。 もはや中国とは違う国のよう。




ウルムチから南西のトルファンへは車で3時間。  車中からの風景が凄かった。  まず、遠くに天山山脈が見え、大きな塩湖があり、風力発電の風車が約300機も林立していた。  100万都市ウルムチの電力がこれで賄われているそうだ。    




そして油田まであって、古びたポンプがいくつも並んでいた。 トルファンは海抜マイナス600mの盆地にあり、ウルムチからはずーっと下って行く。  砂煙の中に万里の長城の一番西の端のそばにある、高昌城の遺跡や火焔山があった。



干しレンガで造られていた高昌城は溶けて崩れてかすかにかつての栄華を留めるだけ。


山全体がメラメラと燃えるような火焔山。



ウルムチに戻って、飛行機でカザフスタンの第一の都市、アルマティーへ。
1時間半飛行機で飛んでようやく天山山脈の端にきた。




アルマティーはこの間までカザフスタンの首都で、ロシア人が18世紀に作った町。  気候も涼しく、ロシア、という感じがしたが、民族的には騎馬民族のカザフ人が多い。





この中央アジアの異国に地に、多くの日本兵のお墓があった。  第二次世界大戦中、捕虜になった日本人兵士がシベリアだけでなく、ここにも強制収容されたのだった。  故郷から遠く離れてここで亡くなった兵士の気持はいかばかりか、心より墓参した。






バザールでカザフ人の売り子さん。  食料品は豊かで、衣料品はほとんどが中国製だった。  




第二世界大戦中、沢山の朝鮮系の人々が強制的にここに連れてこられ、そのままカザフ人として暮らしている。  キムチなど色々な種類の韓国料理が売られていた。





私たちの目的地、サマルカンドに着いた。
  アルマティーから飛行機で2時間半、ウズベキスタンのタシケントへ行き、其処から夜行バスで5時間かかった。  この夜見た、満天の星空は生涯忘れる事ができないぐらい、素晴らしかった。




ようやく着いたサマルカンドはあくまでも青い空と青いモスクだった。























ティムール帝国以前の、シルクロード時代にあった城壁都市は「元」に滅ぼされて、すでに崩れていた。









再びウズベキスタンの首都、タシケントに戻る。
















国会議長に表敬訪問と意見交換をした。  ここにもある、日本人捕虜の墓参をした。













タシケントから日本に帰る。  飛行機から見た風景が旅の最後の締めくくりだった。  天山山脈の氷河。  この水のお蔭で中央アジアにオアシスがある。







砂漠の模様。  地層の襞。  地球は美しく険しかった。